隣りの彼





「……また喧嘩か。今度は何だ。」

呆れたようにため息をつかれる。
隣で腕を組んだ彼は、木に寄りかかりながら、しゃがみこむ私を見下ろしていた。


「だってさ、聞いてよヴィンセント!
ティッシュなんてポケットに入れたまま洗濯機回したらティッシュまみれになるって普通わからない!?
それに、これ言うのも1回目じゃないんだよ!」



ここに来る1時間ほど前。

昨日の仕事終わりに彼が洗濯機につっこんだ服を朝洗ったら、全部がティッシュまみれ。
見事に一緒に入れていた私のお気に入りの黒ワンピにも白い模様が入っていた。

クラウドにそれを問い詰めたら、「新しいのを買ってやるからいいだろ」って。
それでカチンときた私は家を飛び出してこうしてヴィンセントの元に転がり込んできたのだ。


「良くないから怒ってんのにさ、いいだろって酷くない?
本当、すごく気に入ってるのに……」


白い斑点のついたワンピースを思い出して、また落ち込む。
本当にだいじなものだったんだ。
クラウドは、たかが服だと思ってるかもしれないけど。


「それは、もう洗っても戻らない物なのか」

ヴィンセントが私に尋ねた。


「元通りすっかり綺麗に、とは無理かも。
レースの所にも絡まっちゃってるし、そうなると摘んでも取れないから。」

「そうか。」


それ以上何を言うでもなく、彼が遠くを見つめる。
それを見て私も足元に目線を落として黙り込んだ。






でも、なんか、
……うん。思い出すと、私も言いすぎたかも。


「……私も、悪かったかもしれない。」

私がつぶやくと、ヴィンセントが「ああ。」とだけ言って私を見た。


「クラウド、待ってるかな。」

「戻るか」

ヴィンセントが私に手を差し出す。


「うん……帰ろうかな。」

その手を掴むと、ぐっと引き上げてくれた。
立ち上がって、少しついた土を払う。
何だか、気持ちが軽くなったな。

ヴィンセントはいつも、こうして私を冷静にさせてくれる。
相談しても、解決策を出してくれるわけでも一緒に愚痴ってくれるでもなく、ただただ聞いて、静かに私の心が落ち着くのを待ってくれるんだ。

……うん、もう大丈夫そう。





「…………ナマエ。」

ありがとう、付き合わせてごめんね。とその場を離れようとする私に、珍しく彼が声をかけた。
振り返って首を傾げる。


「これはあくまで私の考えだが、喧嘩が出来る事は幸せだと思う。」

「幸せ?」

「言い争うのは、相手に自分の気持ちを理解して欲しいと強く思うからだろう。
それに……その相手がいなければ、もう仕方がない。」


私にそっと歩み寄って、ヴィンセントが私の頭を撫でた。


「ナマエには、居るだろう。すぐ傍に。」

「うん……そうだね。
ヴィンセントはいつも正しいね。」

「間違えてばかりだっただけさ。」


遠くから、聞きなれたバイクの唸る音。


「お迎えが来たかな」

「そのようだな。」

「今度はさ、ヴィンセントが遊びに来てよ。」

「考えておこう。」


目の前で、クラウドを乗せたフェンリルが止まる。
見上げると、彼はゴーグルをぐいっと上げた。


「ナマエ、迎えに来た。」

「遅いっつの。」


「ヴィンセントも、巻き込んだみたいで悪かったな。」

「構わないが、あまり彼女を困らせるなよ。」


その言葉に、クラウドがふんっと鼻を鳴らす。
私を後ろに乗せて、フェンリルは来た道を走っていった。




「……悪かった、服を汚して。」

帰りの道、クラウドが後ろの私に呟く。


「ううん、私もごめんね。怒りすぎた。」

私も謝ると、彼は小さく首を振った。


「無理もない。……思い出したんだ。」

彼の腰にまわした私の手に絡められる、クラウドのしなやかな指。


「あれは確か、出会った年の誕生日に俺があげた服だったな。」

「そう、だから大切だったの。」


クラウドの手を、そっと握り返す。
背中に寄り添って、目を閉じた。


「でも……思い出はまた新しく作れるから。」


そう、新しく作れる。いくらでも。
あなたが、私の隣にいる限り。





…………でも他の服についたティッシュはあんたが取ってよ!!








- ナノ -