The Thing What Happened After The Night





夜風を浴びながら、彼の腰に回した腕に力を込める。

ゴーグルの位置を直して、彼は少しスピードを上げた。


唸るようなエンジンの音が、周りの全てをかき消す。


「……クラウド、好きだよ。」


彼の背中に呟いた言葉も、その音に混じって夜の闇に溶けた。




「ナマエ、少し寄って行っていいか」


彼の声が、風に流れて聞こえる。

声を出す元気もなくて、彼の背中に頬を当てて頷いた。

いつも右折する交差点を横目に通り過ぎて、バイクは小高い丘を登っていく。

街の雑踏も遥か後ろに遠ざかったところで、クラウドはバイクを止めた。


先にクラウドがバイクから降りて、私に手を差し出す。

その手を握って、私も彼に続いてバイクを降りた。






「……わ、綺麗……」

ふと目線を上げると、小さく見える灯りたち。

星と月も負けじと輝いて、まるで私たち2人だけが星の中に取り残されたみたいに感じる。


「初めてこの景色を見た時から、ナマエに見せると決めてたんだ。」

そういう彼はその輝きに目もくれず、じっと私を見つめる。


すると突然私の髪を撫でる手が肩に回って、クラウドが私を強く抱きしめた。


「……伝えたいことがあるんだ。」


低く響く声が私の頭の上で聞こえる。


「聞きたくない。」


クラウドの胸板を押し返して、彼と向き合った。


「言ったら駄目だよ。言ったら私、もう戻れなく、」

冗談交じりに笑って言ったつもりだったのに、声が涙で詰まって、その涙が瞳からぼろっと零れた。


それを見たクラウドは、悔しそうに眉を顰める。


「戻りたいのか。ナマエは、あんな男の元に。」

「戻らなきゃいけないの。何があっても。この街にいる限り、私はあいつから逃げられない。」


あの男の事だ。
結婚式をばっくれてクラウドと一緒に居ようものなら、クラウドにも危険が及びかねない。

いくらクラウドが強くても、そんな危ない思いを、私のせいでしてほしくないのだ。


「わかって、クラウド。」


クラウドの頬を撫でて、頬に口付ける。

これ以上になる前に、俯いて彼に背を向けた。


途端、クラウドが私を後ろから抱きしめる。

私の肩に顔をうずめたのを感じた。
首元に触れる髪がくすぐったい。


「帰ろう、もう遅いよ。」

クラウドの方を見ないように呟く。
思ったより私の声が弱々しくて、頼りなくて、全部が嫌になった。


「帰らない。ナマエ、」


耳元から呑まれる声が私の心を揺らす。
こんな状況なのに頭がクラクラして、脈を早める心臓。

ああもう、嫌い。こんな私なんて。


「ナマエ。」

返事がない私に、クラウドがもう一度囁く。


「……なに、」


振り向いて、彼と向き合った。

目に入ったのは、私を見つめるクラウドの、らしくもない、苦しそうな顔。

初めて見る。
いつも大人びた彼の、少し子供っぽい表情。


クラウドはまた、私を腕の中におさめた。





「好きだ。ナマエ。」

ついに、彼が私に言葉の刃を投げる。


「言わないでって、」

やっと止まったと思った涙が、また溢れた。


「ナマエも言っただろう。」

「……聞こえてたの。」

「聞き逃すはずがない。」


少し離れて、クラウドが真剣に私を見つめる。

「俺と逃げないか、ナマエ。」

逃れられないサファイアみたいな視線の縄が、私の心を縛る。



だめ。

そういう言おうとした私の唇を、彼が塞ぐ。

ちゅ、と音を立ててそれが離れた。


「俺はナマエ、あんたの気持ちが知りたい。あんたは、どうしたいんだ。」


……そんなの、そんなの決まってる。

「そんな事……わざわざ聞かないでよ、」


「どうなんだ。ここに居たいのか、逃げ出してしまいたいのか。」

止まらない涙を彼の親指が拭う。
そこで私の何かが溢れて、私は彼に抱き着いた。


「……だったらナマエを、攫ってもいいな。」


「うん……連れて行ってクラウド。どこか遠くに、誰にも見つからない所に。」




子供みたいに、声を上げて泣いた。

クラウドは私の背中に腕を回して、泣き止むまで強く私を抱いてくれていた。







クラウドの後ろに乗って向かうのは、私の家とは逆の方向。
砂埃が時々足元をさらうけど、全く気にならなかった。

クラウドの腰にまわした腕に、力をこめる。
今度は、想いと一緒に。


「……必ず守る。」

彼の言葉が私を包んだ。


これからどうなるか分からないけど、不思議と不安はない。
むしろ清々して、鬱蒼とした気分も今となっては晴れやかだ。


……はっとして、バイクのエンジンに負けないようにクラウドに叫んだ。

「クラウド!」

「何だ」

それに答える彼が、少しスピードを落とす。


「好き!!」

「ああ、知ってる」


ざまあみろ、後ろに見える街にべーっと舌を出してやった。

私は彼と、クラウドと、幸せを掴んでやるんだ。


あなたと一緒なら、どこにだって行ける。
誰も知らない、秘密の場所にだって。








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