イベント事もほどほどに。
「……ナマエ。」
「……」
「ナマエ、悪かった。機嫌をなおしてくれ。」
11月1日、いわゆるハロウィンの次の朝。
一日は始まったばかりにも関わらず、俺は早々に頭を抱えていた。
「いや。嫌い。クラウドの馬鹿。」
「ナマエ……」
いつもは朝から優しい彼女の声とともにおはようのキスが降ってくるのが、今日はまるでそんな気配もなく。
恐る恐るベッドに潜るナマエに声をかければ罵詈雑言が返ってくる始末。
(ちなみに昨夜は寝室を追い出されてリビングのソファで凍えながら寝た。)
そろそろと近寄ってベッドのそばにしゃがみ込む。
どうしようもなくてベッドにあごを乗せてみると、マットレスが少し沈んだのに気づいたナマエが布団から目元だけをぴょこっと出した。
「あ、」
「……」
じっと、じとーっと、ナマエが俺を見つめる。
事の始まりは、半日前。
日曜日が休みでシドたちと飲みに出かけた俺は見事に酔っ払い、適当な出店で買った割とホラーなビジュアルのマスクをかぶって家に帰った。
すると怖いものが苦手なナマエは本気でビビり、俺がちゃんと帰りの連絡をしなかったのも相まって完全に機嫌を損ねてしまったのだ。
そう、完全に俺が悪い。
俺を不満げに見つめるナマエの髪に、恐々と手を伸ばす。
気を抜いたら噛みつかれそうだ。
俺の指先はやっとそれに触れて、俺は彼女の髪をひと束、指先で掬った。
「ナマエ、悪かった。
マスクのことも、連絡しなかったことも。」
「ほんっとに怖かったんやけど。」
「はい。」
「しかも酔っ払いだし。飲みすぎ。」
「はい。」
「それに彼女差し置いてハロウィンパーティーとか無いやろ、普通。」
「別にハロウィンパーティーって訳じゃ……」
「は?」
「悪かったと思ってる。」
ほんっと無いわ……と、俺が梳いた髪をガサツにがりがり掻きながら、ナマエがベッドからのそりと起き上がる。
それからその両手が俺に伸びる。
思わず目を瞑った俺の頬を、その小さな両の手のひらが包んだ。
「マスクは100歩……いや、1万歩譲って許す。
でも、あんまり夜遅くになるんは心配やから、ちゃんと連絡して。」
「分かった。」
「反省した?」
「反省した。」
「よし、じゃあいい!朝ごはんにしよ!」
私も起こりすぎたかもしれんね。と、ナマエが笑って、ベッドから降りる。
それを追って、キッチンに向かったナマエの背中を抱き締めた。
「なに?クラウド。」
「……いや。」
「ふふ、もしかして、一晩となりに私がおらんで寂しかった?」
小さく頷いた俺の髪を、ナマエの手がくしゃっと撫でる。
「これに懲りたら、もう同じ過ちは繰り返さん事やね。」
「ああ、肝に銘じる。」
楽しそうに笑ったナマエ。
「もう……怒ってないか。」
恐る恐る尋ねた俺に、彼女がまた笑った。
「ううん、もう怒っとらんよ。」
それからテキパキとナマエの朝食作りは始まり、そして俺がテーブルを拭いて食器を並べている間に、それはあっという間に終わる。
向かい合って座り、手を合わせて「いただきます」と言うと、またいつもの朝が戻ってきたのを感じた。
小麦色に焼かれたトーストに乗った溶けたバターと、レタスが添えられたスクランブルエッグ。
その塩コショウが、添えられたコンソメスープの味に合う。
「美味い。」
「うん、そりゃあ私が作ったんやもん。」
自慢げに鼻をふふんと鳴らす彼女に、そうだな。と俺はまた一口トーストを齧った。
「そういえばさ。」
ふと思い出したように言うナマエに、顔を上げる。
「ん?」
「あのマスクって、いくらしたの?」
500ギル。と答えた俺に、
「あんなん買うんやったらエーテル買えや!」と叫んだナマエ。
そのまま彼女は部屋に籠って、しばらく出て来てはくれなかった。