少し、上。
物語を紡ぐことが好きだ。
たくさんの人に読んで欲しいとか、人に認められたいとか、そういうのじゃない。
ただ、自分で頭の中に広がった世界を創っていくのが好きだ。
昔から、文字を書くことが得意だった。
それと人の心について考えるのも。
だから子供の時の「作者の気持ちを考えなさい」なんて問題は大好きだったし、その手の設問で点数を落とすことだって無かった。
……そんな私でも、どうしても行き詰まってしまうことはある。
紙に滑らせていた手を止めたのは、まだ書き始めて数行のところだった。
「ナマエ、休憩か?」
目の前でコーヒーを啜っていた彼、クラウドは、それを待っていたかのように私に声をかける。
「んー……休憩っていうか……ちょっと手が止まっちゃった。」
困ったように笑った私の髪を、彼の指が優しく撫でる。
「もう1時間は経ってる。少し休んだらどうだ?」
「うーん……」
少しでも経験がある人は分かるだろうが、文字書きは1時間を超えてからが勝負だと思っている。
何となく休憩への踏ん切りがつかない私の筆を、クラウドはぱっと取り上げた。
「あ、ちょっと。」
「休め。顔が疲れてる。」
嘘。と思わず頬に触れてから、彼の拗ねたような顔にはっとする。
さてはクラウド、私に構って貰えなくて寂しかった感じだな。これは。
からかってやりたくなって、思わずふふんと笑う。
テーブルに頬杖をつくと、私は悪戯に首を傾げて見せた。
「寂しかったなら素直に言えばいいのに。かまってよナマエ〜、って。」
そうすればきっと、彼は少し慌ててからこういうんだ。
"そんなんじゃない。俺はただ、あんたが休んだ方がいいと思って"って。
しかし、慌てさせられたのは私の方だった。
「寂しかった。構ってくれ、ナマエ。」
「……えっ?あ……ええっ!?」
「素直に言えと言ったのはナマエの方だろ。」
思わず顎を乗せていた手から顔を上げると、クラウドがテーブルを回ってきて、私を後ろから抱き締める。
まって、こんなの、考えていたのと違う!
そんな私の様子に、クラウドはふっと笑った。
「構ってくれるんだろ、ナマエ。」
「い、いや、ちょっとまっ、……んっ、」
「待たない。」
「クラウド……!!」
耳元で囁いた彼の方を振り向いた途端に塞がれる唇。
必死に彼を制止する私の声に、クラウドは可笑しそうにくっくっと喉を鳴らして笑う。
「予想外、か?」
片方の眉を上げて首を傾げる彼に、こくこくと頷くことしか出来ない。
その様子に満足そうに鼻を鳴らすと、彼は私の首筋に、ちゅっと音を立ててキスをした。
物語を紡ぐことが好きだ。
でも、それよりも好きなことがひとつ。
それは、彼と2人っきりの世界を創っていくこと。
紙をテーブルの奥に押しやって、振り返った私は彼の首に腕を回した。
彼の心は、いつも予想の少し、上。