3.餃子作り

 美香を寝かしつけていると、リビングから大きな音がした。今日は除夕だ。无限大人と小黒の二人で餃子を作っているはずだけれど、大丈夫だろうか。无限大人はもう料理をするのにすっかり慣れたし、小黒もそんなにそそっかしい子ではないけれど。
 心配になったので、美香が起きないことを確認して、リビングに顔を出す。すると、床に白く粉がまぶされていた。
「あらら」
「すまない、騒がしくて」
 无限大人が私に気づいて振り返ると、髪や顔が粉まみれで、吹き出してしまった。
「あははっ、白くなってる」
「小黒がすべって、生地をひっくり返してしまって」
「あーっ、小香、大丈夫だから!」
 キッチンから雑巾を持って飛び出してきた小黒も粉まみれだった。无限大人にも雑巾を渡して、二人で床に手を付き掃除を始める。
「でも、粉まだあったかな」
「材料のことなら心配しなくていい」
 最近、あまりキッチンに入れていないので、何がどれくらいあるのか把握できていなかった。无限大人も小黒も、私に気にしなくていいからと言ってくれる。でも、私も少しくらい準備に参加したい。飾り付けはしたけれど。
「さっき寝たところだから、少しなら大丈夫ですよ」
 キッチンに向かって、生地の材料を持って戻る。床はきれいになったので、次は二人の番だ。
「二人とも、シャワー浴びて着替えてきてください。生地の準備、しておきますから」
 无限大人と小黒はお互いの姿を改めて確認し、確かにこれではちょっと払ったくらいじゃきれいにならないと気づく。
「あはっ、師父、真っ白!」
「お前もな。では、さっと浴びて来ようか」
「はーい。ありがとう、小香」
 无限大人に促されて、小黒は仕方ないと観念してお風呂に向かった。
 その間に生地の量を計ろうとするけれど、そういえば、床にひっくり返していた量はやたらに多かった気がする。どれくらい作ろうとしていたんだろう。確認のため、お風呂場に向かった。
「ちょっと聞きたいんですけど」
 浴室のドアをちょっと開けて、声を掛ける。湯気がふわっと漏れ出してきた。シャワーが止められて、二人が振り返る。
「生地、どれくらい必要ですか?」
「いっぱい作るから、いっぱいだよ!」
 小黒が元気に両手を広げて答えてくれる。そのあとで、无限大人が具体的な量を教えてくれたけれど、あまりに多くて目を丸くしてしまった。
「そんなに作るんですか!? ほんとに食べ切れます?」
「ああ」
「あのね、小白たちにもあげようと思ってるんだ」
「なるほど、それでか」
 美香はまだ食べられないし、二人がよく食べると言っても、さすがに多いと思ったから、小黒の弾んだ声で納得した。
「去年はお世話になりましたものね。お返しになれば……」
「いいでしょ!」
 牙を見せて小黒は笑う。
「ふふ。わかったよ。計っておくね」
「お願いね!」
 そっとドアを閉めて、リビングに戻った。ボウルに粉を出して、計量器に乗せる。それぞれ計ったものを混ぜて、片付けているところに、二人がお風呂から出て戻ってきた。
「きれいになりましたね」
「うん。助かるよ」
 腕まくりをして、エプロンを付け直した无限大人と交代する。しばらくは、ソファに座って二人が楽しげに生地を作る様子を眺めていた。ふと、泣き声が聞こえてきて慌てて部屋に戻る。
「美香ちゃん、起きちゃったのね。ごめんごめん」
 慌てて美香を抱き上げ、背中を叩いてあやす。美香は私の姿を探して泣いていたようで、そうすると、安心したのかすぐに泣き止んだ。
「よしよし。お兄ちゃんたちが餃子作ってるよ。見に行こうか」
 もう目が覚めてしまった様子の美香を抱えて、リビングに戻る。
「あ、美香!」
 肉を捏ねていた小黒がぱっと顔を上げて、耳をぴんと立てる。
「おはよ! すぐ起きちゃったね」
「機嫌はいいみたいだよ」
 美香に小黒の手元を見えるようにしてやる。その黒くて丸い瞳は、まだ、はっきりとは見えていないようで、焦点は彷徨っているけれど、何かしらを感じ取っているようだった。匂いはわかるのかもしれない。いろんな食材の匂いが混じって、これはなんだろう、とじっくり観察しているのかも。
「ほら、これが餃子の餡! これを皮で包んで、茹でたり、焼いたりするんだよ。美香も早く食べられるといいね。すっごく美味しいんだよ!」
 小黒は美香に作り方を教えながら、作業を進めていく。みんなで行う餃子作りが好きで、春節以外にもよく作っているから、すっかりうまくなった。小黒の得意料理のひとつだ。
「歯が生えてきたら食べれるかな? 楽しみだね、美香ちゃん」
 食べるという言葉に反応したのか、たまたまか、美香は自分の指を口に入れてもぐもぐと噛むような仕草をした。
「あはは、美香も早く食べたいって!」
「ふふっ」
 无限大人は、黙々と生地を捏ねて、伸ばして、千切って丸めて、一枚一枚と丸い形にしていた。こちらもとても手際がよく、まるでプロみたいだ。
「じゃあ包んでいくね」
「頼む」
 餡ができたので、小黒は重ねられた皮を一枚取り上げ、餡を手早く包んでいく。形はとてもきれいだった。
「小黒、上手になったね」
「えへへ。そうでしょ」
 褒めると、小黒は自慢げにする。ふと、无限大人からの視線を感じた。
「无限大人は、プロ並です!」
「だろう」
 心を込めて褒めると、満足そうに頷いてくれた。
「うちには凄腕のシェフが二人もいるね、すごいねえ」
 美香に話しかけると、二人は肩を揺らして笑った。
「小香が一番のシェフだよ!」
「君に教わったのだから」
「そんな、たいしたことはしてませんよ」
 確かに、二人のお陰で料理をする機会が増えて、いろんな料理に挑戦するようになったから、腕は上がったとは思う。二人に褒め返されて、照れてしまった。
「大きくなったら、美香も一緒に作ろうね」
 小黒は優しく美香に話しかける。四人で餃子を作る日が楽しみだ。

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