22.小宝宝

「まーま、まうまう、んーやっ」
 音の出るおもちゃを振り回しながら、香香はご機嫌におしゃべりをしている。まだ、はっきりとした単語を話すことは少ないけれど、その練習として、たくさん声を出すようになった。
「うんうん、楽しいね」
 それをにこにこと聞きながら、たくさん話しかける。少しは内容がわかるようになったのか、話しかけてくれるのが嬉しいのか、香香は私の顔をじっと見つめながら聞いて、お返事をするようにまた話し出す。
 そのとき、インターホンが鳴った。ネットで買った日用品だろう。
「はーい」
 香香を抱き上げて、カメラで来訪者が宅配業者であることを確認し、ドアを開ける。女性が笑顔で挨拶をしてくれた。
「あら! かわいいお子さんですね」
「ありがとうございます」
「じゃあ、荷物ここに起きますね」
 私の両手が塞がっているので、玄関の中まで入ってダンボールを下ろしてくれた。
「助かります」
「いえいえ。じゃあね、小宝宝」
 香香は微笑みかけられて、嬉しそうに何かを答えた。小宝宝とは、赤ちゃんに呼びかける言葉だ。まさしく、宝物。お姉さんは大げさに驚いてみせた。
「もうこんなに喋れるのね!」
「おしゃべりなんですよ。たくさんお話してくれます」
「賢い子ですね。利発な顔してますよ」
 お姉さんはまたじゃあねと挨拶をして、帰って行った。香香を見ると、だいたいの人が笑顔になって、いろいろと話しかけてくれる。みんな赤ちゃんが好きだ。ありがたい。香香を一度リビングに残して、荷物を運び、開封する。買ったものが不足なく入っているか確認していると、香香が這って近寄ってきた。最近は自分で少しずつ動けるようになってきたので、より目が離せなくなった。
 ダンボールの中身が気になるようで、香香はダンボールの端を掴むと、覗き込もうと頑張っていた。どうするかなと気にしながら、中身の整理を続けていると、いつの間にか香香も一緒に中を覗き込んでいた。
「……あれ! 香香、立ってる!?」
 一拍置いて、その事実に驚愕する。つい最近、座れるようになったと思ったら。香香はダンボールに掴まって、確かに自分の足で立っていた。けれどすぐに支えきれなくなって、すとんと座り込んだ。
「わぁ……すごいねえ香香」
 香香はまだ中を見たいようで、また立ち上がろうとするけれど、今度はなかなかうまくいかないようだ。
「もしかしたら、掴まらなくても立てるようになるまで、あっという間なのかも」
 香香は諦めず、もう一度トライする。一度できたことだから、感覚を覚えていたようで、ダンボールに掴まってぐっとおしりを持ち上げると、そのまま両足を伸ばして、立ち上がった。
「すごいすごい! あ、写真!」
 香香が立っている間に、と近くに置いていた端末を慌てて手繰り寄せて、写真を撮った。
「よかった。今度は撮れた」
 2回目ではあるけれど、とにかくこれで无限大人に報告できる。香香はさっきよりは長く立っていたけれど、またぺたんと座り込んだ。えらいえらい、とそんな香香をたくさん褒める。
 无限大人にさっそく写真を送ると、ちょうど端末を見ていたのか、すぐに電話が掛かってきた。
『香香、立ったのか』
「はい! 一瞬ですけど、ちゃんと自分で立ったんですよ」
『そうか。すごいな』
「香香に替わりましょうか」
『頼む』
 端末を離して、香香の方へ向ける。
「香香、パパだよ」
『香香、聞こえるか』
「あー!」
 无限大人の声が聞こえた瞬間、香香の表情が変わった。目を丸くして、端末の方へ寄ってくる。
「ば、うー」
 まだパの発音ができないようで、ばになってしまうけれど、パパと言おうとしているように思う。
『元気か、香香。パパがわかるか?』
 香香は端末を掴んで、さかんに話し始めた。たくさん聞いてほしいことがあるみたいだ。端末の向こうで、无限大人は笑いながら、止まらないおしゃべりに耳を傾けていた。
『元気そうでよかった。小香、替ってくれ』
「はい。二人とも元気ですよ。限哥は大丈夫ですか?」
『ああ。少し遅くなるが、夜には帰るよ』
「わかりました。夕飯用意しておきますね。待っていてもいいですか?」
『もし小黒が待てなければ、先に食べていてくれ』
「まさか。待ちますよ。みんなで一緒に食べたいですもん。小黒も」
 とはいえ、お腹が空くだろうから、少しおやつを食べていいことにしよう。无限大人は声を出さずに笑った。
『わかった。なるべく早く帰るよ』
「はい。気をつけてくださいね」
『ああ。君も』
 名残を惜しみながら通話を切る。香香は无限大人の声が聞こえなくなったので、不思議そうにしばらく端末を眺めていた。
「パパ、夕飯一緒に食べれるって。あ、何食べたいか聞くの忘れちゃったね」
 冷蔵庫の食材を確認して、あるもので何か作ろう。そう考えていると、香香が近寄って来て、抱っこをせがんだ。眠くなってきたときに、香香はいつもこうして甘えてくる。
「もうそんな時間だね。よしよし。おやすみ、香香」
 香香は私の腕の中に納まると、安心したように目を閉じた。

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