15.失せ物探し

「うーん、やっぱりないか……」
 道をあちこち、行ったり来たりして、腰を屈めて探すけれど、どうしても見当たらない。
 気に入っていたけれど、諦めよう……。
「ただいま」
 玄関を締めながら言った声音は思っていたよりも沈痛に響いた。无限大人がわざわざリビングから顔を出す。
「どうした?」
「いえ、なんでもないんですけど」
「なんでもないことはないだろう」
 无限大人は優しく、何があったのか訊ねてくれる。
「イヤリングなんですけど、片方落としてしまったみたいで」
「どの辺りで?」
「家を出てすぐのところです。落ちてるかなと思ったんですけど、見つからなくて。誰かに拾われたか、カラスが持っていっちゃったか……」
「それは、金属の部品はついている?」
「はい。イヤリング部分は金具ですけど……」
 どうしてそんなことを聞くんだろう、と思ったら、无限大人はもう片方のイヤリングを持ってくるように言った。私は部屋にしまっていたイヤリングを持ってきて、无限大人に渡す。无限大人はイヤリングを少し見て、外に出た。
「どこか目の付かないところに入り込んでいるのかもしれない。少し探してみよう」
「ありがとうございます」
 確かに、溝だとか、雑草の影だとか、そんなところに入っていて見逃した可能性もある。でも、それこそなかなか見つからないだろうに。无限大人は歩きながら、どの辺りが訊ねるので、心当たりの場所を伝える。
「ここで落としたことに気づいたので、ここよりこっち側にあるはずなんです」
「うん。あった」
「え?」
 无限大人が言うのと同時に、どこからともなく小さなものがきらりと光って私目掛けて飛んできたので、慌てて手のひらを器にして受け止めた。
「あ! 私のイヤリング!」
 无限大人は持っていた片方を私に返しながら、微笑んだ。
「見つかってよかったな」
「あ! そっか、无限大人は金属を操れるから……どこにあるかまでわかるんですか!?」
「ああ。片方が残っていたから、どういうものを探せばいいか、わかっていたからな」
「すごい……! なくしたものも、これならすぐに見つけられますね!」
「金属に限るけれどね」
 无限大人はなんでもないように笑う。でも、私はますます无限大人を尊敬した。
「諦めていたので、嬉しいです! 見つかってよかった……」
「君の笑顔が見られて、私も嬉しいよ」
「えへへ。无限大人に相談してよかった」
「困ったことがあったら言ってくれ。役に立てるかはわからないが、必ず力になるよ」
「はい。ありがとうございます」
 きっと、どんな問題も、无限大人に頼めばたちまち解決するだろう。だからこそ、あまり頼りすぎてはいけない。まずは、自分の力でなんとかできないか試行錯誤しなければ。
 そんなことを考えていたら、无限大人に疑わしげに見られていた。
「な、なんですか」
「そういって、君は、あまり私に頼ってくれないところがある」
「そんなことないですよ!? むしろ甘えすぎかなって」
「そんなことはない。もっと甘えてほしい」
「いやいや……。だめです。甘やかさないでください。何もできなくなります」
「はは、それは大丈夫だろう」
 无限大人は言えば全部やってくれそうで、それに慣れてしまったら、私は間違いなくだめになる。无限大人は楽観的だ。
「君は自立しているから。たいていのことは一人でこなせる。私などいなくても……」
「无限大人がいなくちゃいやです!」
 もののたとえだとしても、そんなふうに言われるのは悲しくて、急いで否定する。无限大人はすまない、と肩を揺らして笑った。
「もちろん、それとは関係なく、私は君のそばにいるよ。しかしだ、そばにいるからこそ、頼られたいという気持ちが湧くんだ」
「頼られたい……」
「なんでもいいから、頼ってほしい」
「うーん、そうは言ってもですね」
 无限大人が反駁しようとするのを制止して、言葉を続ける。
「私が頼む前に、たいていのことは无限大人がやってくれてますよ、率先して」
「うん?」
 无限大人はきょとんとして目を丸くした。珍しい表情だ。かわいいな、とこっそり思いながら説明する。
「今日だって、私は諦めていたから探してほしいって頼るところまで行きませんでしたけど、无限大人は自分から探してくれて、見つけてくれましたもん」
「……頼るタイミングがない?」
「あはは。そうかもしれません」
「そうだったか……」
 无限大人は予想外の回答に、途方に暮れたような顔をする。
「私自ら機会をつぶしていたとは」
「そんな大袈裟な。結果的に、私はいつも助けられていますよ」
「なら、いいのだろうが……うーん……」
 无限大人は納得いかない様子で首を捻る。
「だから、そんなに手を出さなくても、もう少し見守ってくれていていいんですよ」
「それは……そうだな……だが……」
 葛藤している様子に、おかしくなって笑ってしまう。
「確かに、君が手間取りそうだと思うと、先回りしてしまっていたな」
「そうですよ。世話焼きなんです」
「君から頼ってほしいとも思うが、手を出さずに黙っているのも耐えがたい……」
 深刻な顔で悩み出したので、これはよっぽどだと忍び笑いが漏れる。
「だから、私が无限大人に頼るときは、ほんとに切羽詰まってるときに限られそうです」
「そうなる前に気づいてやりたいが」
「ふふ。ありがとうございます」
 无限大人はいつも私を気にかけてくれている。それが常に感じられていて、私の心を暖かくしてくれている。
「そういうところ、大好きですよ」
「小香……」
 无限大人は柔らかく目を細め、深い色の瞳でまっすぐに私を見つめる。
 いつの間にか、気持ちを伝えるとき、照れることが少なくなった。まったく照れがないわけではないけれど、もっと自然に、するりと言葉になるようになった。私の、限りなく湧き上がってくる愛情を、ありのままに伝えていきたい。
 見つめ合って、目を閉じて、唇を重ねる。そっと握り、指を絡め合う手は、とても暖かかった。

|