77.紫羅蘭と洛竹

「あ! 小香!」
 館の食堂で昼食をとっていると、小黒がやってきた。そばには紫羅蘭ちゃんと洛竹くんがいる。
「小香、こんにちは!」
「こんにちは、紫羅蘭ちゃん。小黒、今日は紫羅蘭ちゃんのところに行ってたのね」
「うん。二人と遊んでたの。今日お店休みなんだって」
 二人は龍遊でお花屋さんをやっている。小黒とは二人とも仲がいいそうだ。二人とは、仕事の関係で顔見知りではあるけれど、あまり話したことはなかった。
「小香は休憩中?」
「そう。お昼食べてるところ」
「私たちも食べに来たところなの。一緒にいい?」
「もちろん! どうぞ」
 紫羅蘭ちゃんとは仕事以外のときは気安く話している。年齢はたぶん彼女の方が上だけれど、そういう接し方を紫羅蘭ちゃんも望んでくれている。洛竹くんは小黒と先に料理を取りにいった。小黒の様子を見ていると、確かに懐いているようだった。洛竹くんも明るいタイプだから、小黒のことをかわいがってくれているみたい。
 若い妖精は少ないから、小黒と遊んでくれる彼らの存在は貴重だ。
「小黒に、聞いたよ。日本、とっても楽しかったって」
「そっか。釣りをしたり、お祭りにいったり、たくさん遊んできたね」
「うん!」
 小黒は元気よく頷いてくれる。あちこちで、日本に行ったことを話しているらしく、それだけ楽しんでくれたのだと思うと安心したし、嬉しかった。
「いいなあ。外国。私もいつか行ってみたいな」
「外国かぁ。考えたことなかったな」
 紫羅蘭ちゃんが言うと、洛竹くんがお肉を頬張りながら続けた。
「日本にも、妖精っているの?」
「うん。いるよ。こちらに比べると少ないけど」
「そっか。どんなかんじなんだろ」
「そんなに、こちらとは変わらないと思うよ」
「へえ。そんなもんか」
 それぞれの国の妖精同士で交流を持てる場があってもいいかもしれない、とふと思った。妖精のフォーラムはあるけれど、言語の問題で国を超えての交流とまではいっていない印象を受ける。衆生の門が発売されたら、違う国同士でも一緒にプレイできるようになるんだろうか。
「无限大人とは、どんな感じなの?」
 紫羅蘭ちゃんが、ちょっと笑みを浮かべて聞いてくるので、ぱっと頬が熱くなる。
「どっ、どんなって、えっと、順調……だよ」
 他に言いようがないのでそう答えると、紫羅蘭ちゃんは嬉しそうにぱぁと明るく笑った。
「いいな。素敵! 无限大人、とっても幸せそうに見えるもの。いい人に出会えたんだなって、すごく嬉しくなっちゃう」
「えへへ……」
 紫羅蘭ちゃんに素直にそう言われてしまって、私は照れて笑うことしかできなかった。はたから見たら、无限大人、そんなふうに見えてるんだな……。
「じゃあ、そろそろお昼終わるから、行くね」
「うん。お仕事頑張って!」
「またね、小香」
 先に食べ終わって、席を立つ。食堂から出ようとしたとき、洛竹くんが私を追いかけて来た。
「あの……小香」
「はい」
 呼び止められて、足を止めて振り返る。洛竹くんの赤い瞳が私をまっすぐ見ていた。
「俺が言うのも変なんだけど。小黒のこと……ありがとう。小黒、あんたが来てから、寂しそうにしてること、減ったから」
「そんな……。洛竹くんの方がよっぽど遊んでくれてるでしょう」
 そう言うと、洛竹くんは少し寂しそうな笑みを浮かべた。
「俺は、仲間に……家族になりそこなったから。でも、今は改めて友達になりたいって思ってる」
 その表情には後悔の色が濃く、私の知らない何かが二人の過去にあったことを思わせた。
「それだけ。じゃあ!」
 洛竹くんは元の明るい調子に戻って、小黒の元へ戻っていった。私には、二人は十分友達に見える。洛竹くんを迎える小黒の笑顔に、釣られて笑みを零した。

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