69.故郷を周る

 次の日はどこへ行こうかと考えていたら、无限大人にこの街を見たいと言われた。
「特に見るところもないですよ」
「君が育ったところを見たいんだ」
 そう言われると断れない。私はずっとこの街に住んでいる。おじいちゃんおばあちゃんの代からそうだ。だから私の育った街といえばそのとおりなので、思い出はたくさんある。この街の幼稚園から高校まで通い、すぐに働き始めたので大学は行かなかった。
 だから、大陸に渡ったのが始めてこの街から離れたときだった。今思うと、ずいぶん思い切ったものだとも思う。初めての一人暮らしが、海外でだったから。始めはとても寂しかった。帰りたいと思う夜もあった。でも、向こうで知り合いができて、雨桐や、无限大人と出会って、少しずつその生活に馴染んで、いまではずっと住みたいという気持ちになっている。
 久しぶりに戻ってきたこの街を、私もゆっくり眺めたいと思って、午前中から歩くことになった。
「无限大人は、日本に来るのは初めてなんですか」
「そうだよ」
「どうですか?」
「もっとこちらと似ているかと思っていたけれど、だいぶ違うね」
「そうですね。お互い、影響を受け合っているところはありますけれど、違うところも多いですね」
「なんだか、静かな気がするね」
 小黒は辺りをきょろきょろと見ながらそんなことを言う。この辺りは住宅街だから、特に静かだろう。
「あっちに、私の通っていた小学校があります」
 小学校に行くのはいつぶりだろう。うちからは近いけれど、近くを通る用事がないと、さっぱり立ち寄らない場所だった。
「確か、校舎を建て替えたので、私がいたころとは変わっちゃってるんですけど」
 それももう数年前の話になる。道を歩いていても、古い建物がなくなって、新しい建物が建てられて、見慣れない景色になっている場所もあった。
「小学校ってなに?」
「人間の子供たちが集まって、勉強をするところだよ」
「えー、わざわざ勉強するの?」
 无限大人の説明に、小黒は下を突き出して渋い顔をした。
「それだけじゃなくて、たくさん友達ができて、遊ぶ場所でもあるよ」
「ふうん」
 楽しいこともあるんだと説明するけれど、小黒にはぴんと来ていないようだ。小黒ほどの年齢の妖精は少ない。だから、同じ年ごろの子がたくさん集まるというのが想像つかないんだろう。
「ほら、桜の木がたくさん植わってるでしょう。どこの学校もだいたい桜がたくさん植えられてるんですよ」
「入学式がちょうど咲くころだったか」
 以前向こうで桜を見に行ったときに話したことを覚えていてくれたようで、无限大人は青々とした葉をつける桜の樹を見上げる。
「ここの桜が、君の成長を見守っていたんだな」
 そんなことをしみじみと言われるから、なんだか胸が温かい気持ちになる。校舎は変わってしまったけれど、ここで過ごした思い出はずっと忘れない。
「誰もいないの?」
「今は夏休みだから。夏は暑いから、一ヶ月くらいお休みになるんだよ」
「へえ」
「いっぱい遊べるけど、宿題もあるから勉強もしないといけないけどね」
「えぇ」
 勉強と聞くと、小黒は渋い顔をする。无限大人と身体を動かす修行は大好きだけど、座って学ぶことはあまり得意ではないみたい。
「西瓜を食べて、プールに入って、海に行って、虫取りに行って……。いろんなことをしたな」
 子供のころの気持ちが蘇ってきて、懐かしい気持ちになる。
「今も、いろんなことしてるよね!」
 すると、小黒が私の手をぎゅっと握って、私を見上げてにこっと笑った。无限大人も微笑む。
「この夏も、いろいろなことをしよう」
「……はい!」
 新しい思い出を、たくさん作って行こう。

|