35.修行一、野菜炒め

 午後からは、さっそく料理の修行をすることになった。小黒はテーブルに座っているけれど身を乗り出しており、心配そうに无限大人を見守っている。
「まずは野菜炒め作ってみましょうか」
 食材を切り、炒め、味付けする。初歩的な料理だと思う。
「わかった」
 无限大人はきりっとした表情で頷いた。
「まずは、野菜を一口大に切ります」
 多めに買っておいた食材をお手本として少し切る。无限大人は慣れた手つきで綺麗に野菜を切る。ここまでは、むしろ私よりずっと上手だ。やっぱり金属の扱いは心得ているということだろうか。
「じゃあ、炒めましょう」
 无限大人は鍋を火に掛ける。強火がぼうっと立ち上がり、中華鍋を包み込んだ。
「強すぎます!」
 慌ててつまみを捻り、火を弱める。こちらのコンロは日本より火力が高い。にしても、こんなに火力出るっけ。
「たぶん、火加減の調節が慣れてないんですね。まず、弱火はこれくらいです」
 无限大人につまみを摘まんでもらい、その上から手を重ねて、一緒に捻って感覚を掴んでもらう。
「次は中火」
「少し弱くないか?」
「これくらいが中火です」
「うん」
 もう少し捻りたそうな无限大人にきっぱりと言って、また少しつまみを捻る。
「これが強火」
「もう少し……」
「これ以上は危ないので上げないでください」
「わかった」
 もう少し捻りたそうな无限大人に強めに言っておく。
「野菜炒めの場合は中火ですね。中火にしてみてください」
「これくらいか」
「それだと強火です」
「これくらいか」
「もうちょっと下げてください」
「弱くないか?」
「それくらいでいいです」
 どうも无限大人は火を強めにする傾向がある。それがいけないんだろうか。
「じゃあ、油をしいてください」
「わかった」
「あっ」
「ん?」
「多いです」
 キッチンペーパーを取り出して折り、菜箸で挟んで鍋を拭く。
「油を出しすぎたときは、こうやって拭き取るといいですよ」
「そうか」
「では、鍋が温まったので野菜を入れましょう。基本的には、火の通りにくいものから炒めます」
「どれだ?」
「まずはにんじんからですね」
 无限大人はにんじんを鍋に入れて、かろやかに鉄勺を振るう。その姿はさまになっている。いるんだけど。
「表面の色が少し変わって、柔らかくなったらキャベツとピーマンを入れます」
 私が炒め加減を確認して、野菜を投入する。无限大人はじゃっじゃっと鍋を動かしてきれいに野菜をかき混ぜる。その手つきは美しい。なのに、なぜ。
「では味付けします」
「頼む」
「このあたりは勘と言うか、だいたい感覚でやっちゃうんで説明が難しいんですけど……」
「どれくらい塩をかければいい?」
「このくらいの分量だとこれくらいですかね」
 塩をぱらぱらと振って、混ぜてもらう。
「味見、してみてください」
「うん。美味しいな」
「野菜炒めは、こんな感じです。では、見ているので作ってみてください」
 无限大人は腕まくりをして、やる気を漲らせる。野菜を切り、同じ手順で炒め、火がやっぱり強いので少し弱めてもらって、塩の分量を見ながら味付けをしてもらう。
「では、食べてみるよ」
「はい」
 无限大人は自分で味見をし、眉を寄せた。
「なぜ違うんだ……」
「私も……」
「小香は食べなくていいよ!」
 どんな出来か確認しようとしたら、小黒に強く止められた。
「ぼくが食べる」
 そう言って、箸を伸ばし、難しい顔をしながら一口食べる。
「いつもよりはマシだ……」
 そして驚いたように私の顔を見た。私が見ていただけでそれだけ変わったなら、嬉しいことだ。ちゃんと教えられたんだと実感が湧く。マシ、ということはまだまだということなんだろうけれど……。
「小香、すごい」
 小黒は感激したような目でこちらを見上げてくるので、大げさな、と肩を竦める。无限大人も嬉しそうにこちらに顔を向けた。
「この調子で、今後も頼む」
「はい!」
 无限大人の美味しいごはんをいつか小黒に食べてもらえるように、そして私も无限大人の手作り料理を食べられるように、頑張ろう。

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