32.高まる温度

 オムライスを食べ終わって、お風呂に入ると、小黒はすぐに眠ってしまった。お互い、明日はお休みなのでまた泊まってもらっている。春節からこうして長く一緒に過ごせるのは久しぶりのことなので、またちょっとどきどきしている。お風呂に入っている間もそわそわしてしまって、お風呂上りのケアもおざなりになってしまった。
「お風呂、あがりました」
 リビングに座って囲碁の本を読んでいた无限大人に報告する。すると无限大人は手招きをした。
「おいで」
 その仕草にどきっとして、鼓動を逸らせながら傍にいった。ソファに座る无限大人の前に行くと、また招かれるので、腰を曲げて顔を近づける。无限大人が手を頬に近づける。と思ったらさらに後ろに回して、髪の辺りにかざした。すると、耳元で微かに風が吹いた。
 无限大人はそのまま髪をそっと撫でて、うんと頷く。
「まだ濡れていたから」
「あっ……。ありがとうございます」
 能力で乾かしてくれたらしい。自分でも髪に指で触れて、ふわっとなっていることを確かめる。
「いいなあ。本当に便利ですね」
「それなりに役に立つよ」
「私もできるようにならないかな?」
「それは難しいかな」
「ですよね」
 淡い期待を抱いてみたものの、无限大人は少し申し訳なさそうにしながらも、正直に答えてくれた。どうも私にはそっち方面の才能がない。もともと、人間で能力に秀でている存在というのがあまり多くはない。无限大人は特例中の特例だ。
 无限大人は、お風呂上りにトレーナーとズボンというラフな格好をしている。本当に気を抜いていて、休んでいるという感じで、なんだかより身近にいてくれるという気がする。手を伸ばさなくても、届く距離。とても、近い。つい横顔を見つめてしまって、彼が本から顔を上げる。
「どうした?」
 そう聞いてくれる声音が優しくて、つい甘えたくなってしまう。
「……あの」
 でも照れてしまって、目を逸らす。
「抱き着きたいな、って……」
 彼が笑う気配がして、本がテーブルに置かれた。
「どうぞ」
 そう答えが返ってきたので、顔を上げる。彼は微笑んで両手を広げてくれている。
「……へへ」
 とろけた顔になってしまって、腕を彼の腰に回し、胸に頬を押し付ける。彼もゆるりと私を抱きしめ返してくれた。彼の心臓の音が、とくとくと心地よく身体に響く。
「大好きです」
 しばらくそうして、満足して離れようとしたら、引き留められた。顔が近づけられて、唇が重ねられる。温かい体温がじんわりと伝わってくる。まだ夜は寒い。
「……んっ」
 ちゅ、と下唇が食まれる。息継ぎをしようと口を開いたら、さらに深く口付けられた。ぐい、と腰が引き寄せられて、身体が密着する。酸素が薄くなって、頭がぼうっとしてきた。熱い吐息が混じり合って、何も考えられなくなりそうになる。
「……っはあっ」
 ちょっと唇が離れた隙に大きく息を吸って、少し後ろに下がった。鼓動がどくどくと速くなり、お風呂に入っていたときよりも身体が熱くなっている。
「……お、おやすみなさい……!」
 これ以上一緒にいられなくて、寝室に逃げ込んだ。
 暗い部屋でベッドに潜り込み、浅い呼吸を繰り返す。あのまま続けていたら、おかしくなってしまいそうだった。何度息を吸っても足りなくて、咽喉が渇く。布団は冷たく、熱がすぐに恋しくなった。
 あのまま、何もかも委ねてしまえたら。
 いつかその日が来るという実感が生々しくて、目を閉じても眠気が来ない。今夜は眠れないかもしれない。冷めない熱を抱えながら、布団の中で丸くなった。

|