27.北京動物園

 今日は北京動物園に来ていた。大陸の中でも規模の大きい動物園だ。パンダが見られるのは「大熊猫館」というところで、ここは入園料とは別料金が掛かる。やっぱり、パンダを見たいという人がそれだけ多いんだろう。
「パンダ! パンダ!」
 小黒は无限大人と繋いだ手を大きく揺らしながら、はしゃいで歩いて行く。パンダの檻を目指す観光客たちのあとをついて移動する。人々の頭の向こうに、大きな檻が見えてきた。
「パンダー!」
 小黒はぱっと手を離すと、檻の前面に張られたガラスに突き進んでいった。べたっと手のひらをガラスに押し付けて、檻の中を覗き込む。パンダはちょうど食事中だった。部屋の中央あたりに足を投げ出して座り、にんじんを齧っている。
「笹じゃないんですね」
「にんじんを食べているね」
 小黒の後ろで、私と无限大人はパンダを見ながら会話をする。小黒は歓声を上げながら、ガラスにへばりついていた。
「小黒、パンダ来てるよ」
「えっ、どこ」
 檻の右側から、別のパンダが四つ足でガラス沿いを歩いてくる。パンダは小黒の前まで来ると、匂いを嗅ぐように鼻をガラスに押し付けた。
「近い!」
 小黒も大興奮で、ガラスに鼻を押し当てる。パンダの手は大きくて、しっかりと爪が生えていた。
「かわいいけど、やっぱり熊なんですね」
「牙もちゃんとあるね」
 奥のパンダが食事を終えて寝転がったあとも、小黒の前に来たパンダはそこに座り込んで、興味深そうに小黒を眺めていた。
「妖精だって、わかるんでしょうか?」
 私が小声で无限大人に訊ねると、そうかもしれないね、と答えが返ってきた。やがてパンダは小黒に背を向け、餌を食べに行ってしまった。小黒はその後ろ姿を見送っていたけれど、ぱっとガラスから離れて、他のところへ歩き出した。
「向こうにはキンシコウもいるよ」
「見に行く!」
 无限大人が指を差すと、小黒はそちらへ向かって駆け出した。園内は広く、もともとは庭園だったそうで、大きな池などがある中、動物たちの檻は点在している。すべて周りきるころには暗くなっていそうだ。
 園の中ほどまで来たところでお昼の時間になり、持ってきていたお弁当を広げた。
「これなに?」
「エビフライだよ。エビを揚げたの」
「へー」
 小黒は一口でエビフライを食べ、目を輝かせた。気に入ってくれたようだ。
「他にはアスパラのベーコン巻きと、ハムを巻いた卵焼きと、ポテトサラダがあるよ」
 小黒も无限大人も、エビフライを先に食べてしまって、他は後回しだ。
「二人とも、好きなものを先に食べるんですね」
 二人は満足そうに笑みを浮かべた。おそろいの笑顔が面白くて肩を揺らして笑ってしまう。最後にはお弁当箱はどれも綺麗に空っぽになった。
 途中、お土産屋があり、小黒はパンダの帽子を欲しがった。无限大人が買ってあげると、自前の耳の上から嬉しそうに被った。もこもこしているから暖かそうだ。
 ふと、以前動物園に行ったときのことを思い出した。小黒に无限大人が好きなことを指摘された。无限大人が少し離れたところにいるときに、小黒にこっそり聞いてみた。
「あのとき、どうして私が无限大人のこと好きなの、わかったの?」
「他の恋人とか夫婦と、小香が師父のことを見る目が一緒だったから」
 鋭い観察眼にどきりとする。小さな子供にわかるくらい、私はそういう顔をしていたのだと思うと恥ずかしくなった。
「小香は師父のこと、大好きだもんね」
 小黒にそう言われて、照れ笑いを浮かべることしかできなかった。
「なんの話だ?」
「なんでもないです!」
 訊ねて来た无限大人にそう言って誤魔化して、小黒と手を繋いで歩いていった。

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