100.クリスマス

「はい、お星さま、てっぺんに飾って」
 小黒に星を手渡す。小黒は伸びをしてツリーのてっぺんに星を飾った。
「できた!」
 少し離れて、ツリーの出来栄えを眺める。さっそくイルミネーションのスイッチを入れてみた。
「キラキラしてるね!」
 オーナメントが光を反射して煌めいている。クリスマスの飾り付けをされて、リビングはすっかりパーティ会場となった。
「あとは无限大人が帰ってくるのを待つだけだね」
「うん!」
 休みを取ると言ってくれたけれど、やっぱり忙しいみたいで、今日は帰るのが遅くなるかもしれないと連絡があった。もう料理はできていて、飾り付けも終わっている。无限大人が帰ってきたら、すぐにパーティを始められる。
「誕生日じゃないけど、なんだかわくわくするね!」
 クリスマスにぴんと来ていなかった小黒も、いざパーティの準備を始めたら楽しくなってきたようで、ソファの上で足をぱたぱたさせる。
「クリスマスのお話、聞きたい?」
「聞きたい!」
 買っておいたクリスマスの絵本を開くと、小黒が覗き込んで来た。ふわふわの髪がちょっと頬に触れた。文字の読めない小黒のために、朗読する。子供のころは、幼い妹のために本を読んであげていた。そのときのことを思い出し、懐かしくなる。
「サンタって、本当に一晩で世界中にプレゼントを配るの?」
 小黒は訝し気な目で、挿絵のサンタさんをねめつける。
「ぼく、いままでもらったことないし」
 そう言ってむすっとする。
「リストからもれちゃってたのかな……あ、電話だ」
 どうフォローしようかと考えていたら、端末が震えた。无限大人だ。
「もしもし。あ……そうなんですね。わかりました」
「どうしたの?」
 残念な気持ちが顔に出てしまって、小黒も不安そうな顔をする。
「うん。今日、遅くなっちゃうから先にやっててって」
「えー……! せっかく飾り付けしたのに!」
「しょうがないよ。お仕事だから……。二人で食べようか」
 もう夕飯時の時間は過ぎている。料理を温めなおしてテーブルに並べたけれど、終始小黒は俯いていた。
「ほら! ローストチキンだよ。ローストビーフもあるし、こっちはミートパイ!」
「うん……」
 小黒はのろのろとテーブルに着く。可哀想なくらいにしょんぼりしていて、辛かった。しばらく会えていなかったから、久しぶりに一緒にパーティをすることを、とても楽しみにしていたから。
「師父、今日帰ってこないの?」
「遅くはなるけど、今日中には帰るって言ってたよ」
「じゃあ、待ってる」
「でも、お腹空いちゃうでしょう」
「大丈夫。師父と一緒に食べる」
「小黒……」
 ぎゅっと唇を引き結んで、小黒は断固とした様子で言った。
「じゃあ、ちょっとだけにしようか。お腹空かないように、ちょっとだけ食べて、残しておこう。ね?」
「……それなら、いいよ」
 しゃがんで小黒の顔を覗き込み、言い含めると、小黒はしぶしぶ頷いた。料理を小皿に少しずつ取り分けて、残りを片付ける。小黒はもそもそとフォークを手に取って、料理を食べた。いつもなら美味しいとぱくぱく食べるのに、今日は全然進まない。すっかりしょげてしまっている。私も、残念な気持ちがないとは言えないけれど、もう大人だから切り替えられる。でも、小黒にとっては今この瞬間が大事だ。悲しみに打ち沈む小黒を見るのはとても辛かった。
 ごはんを食べ終わって、お風呂に入って寝る準備をする。しばらくは无限大人が帰ってくるまで起きているとぐずっていたけれど、そのうちに眠ってしまった。
 リビングに戻って、クリスマスムードの部屋から外を眺める。家家の明かりは少しずつ減っていって、无限大人が帰ってきたのは、日付が変わる少し前だった。
「おかえりなさい」
「ただいま。すまなかった。遅くなって」
 无限大人は片手に大きな箱を抱えて帰ってきた。
「小黒は?」
「寝てます。プレゼント、枕元に置いておいたらどうでしょうか。起きたとき、びっくりしますよ」
「それはいいな」
 无限大人はそっと寝室に向かい、寝ている小黒の顔を眺めて、プレゼントを置いた。
「すまないな、小黒。寂しい思いをさせて」
 そう言って、髪を撫でる手つきはほんとうに優しい。无限大人がどれほど小黒のことを大切に思っているかよくわかるから、余計に辛い。
「ごはん、食べますか」
「ああ」
「料理、残しておいたんです。小黒が、无限大人と一緒に食べたいって言うから。明日、改めてパーティしましょう」
「うん。そうしよう」
 料理を取り分けて、温めなおし、无限大人に振る舞う。買っておいたワインも取り出した。
「ちょっとだけ、飲みませんか」
「いただこう」
 ワイングラスに注いで、軽くグラスを合わせる。
「今日もお疲れさまでした」
「帰りを待っていてくれてありがとう」
 炭酸とアルコールが咽喉を焦がす。身体にじんわりと熱が広がった。
「これは、君へのプレゼントだ」
 无限大人は懐から小さな小箱を取り出して、私の前に置いた。
「わあ……開けてもいいですか?」
 无限大人が頷くので、リボンを解き、わくわくしながら箱を開ける。中にはネックレスが入っていた。
「かわいい!」
「つけてみて」
 髪をちょっと持ち上げて、さっそく首につける。小さな石がきらきらと光を反射して、胸元に落ち着いた。
「思っていた以上だ。よく似合うよ」
「うれしいです……ありがとうございます」
 そっとチェーンに指を添わせて、その手触りを堪能する。ずっと見惚れてしまう。とてもきれい。
「こちらを見てもらえないのは、寂しいな」
「え? もう、ちょっとの間だけじゃないですか」
 ちょっと拗ねたように言うので、笑ってしまう。无限大人は手を伸ばして、私の頬に触れて、視線を合わせた。胸がどきどきと高鳴って、期待が募っていく。ゆっくりと顔が近づいてきて、唇が重ねられた。離れていた時間が、じわりと解けていく。これ以上ないくらいに大好きなのに、さらに思いが膨らんでいく。大好きで大好きで、愛おしい。触れ合うたびに、きっともっと好きになる。
「愛している」
 唇が離れ、見つめ合う瞳に私がいっぱいに映っていた。その言葉に、胸がいっぱいになって涙が溢れる。
「私も……愛しています……」
 涙に咽喉を詰まらせながら、やっとの思いで答える。无限大人の笑みはとても愛に満ち溢れていて、暖かなものに深く包み込まれるようだった。
 翌日、誰かの大声で目が醒めた。
「ん……?」
「小香! たいへん!」
 小黒だ。目をこすりながら身体を起こすと、小黒が大きな箱を抱えていた。
「起きたら枕元にあったの! サンタ来たのかな!?」
「ほんと? サンタさん来たんだ」
 小黒は興奮気味に箱を持ったままリビングに向かう。そしてまた大きな声を上げた。
「師父! 帰ってたの!?」
「うん。ただいま」
「おかえり!」
 その声はプレゼントを見つけたときよりもずっと嬉しそうで、笑みが零れた。
「あっ、じゃあ、これ師父が置いたの!?」
 そしてすぐに真相に気付いてしまった。でも、一瞬でもサンタさんかもしれないと思った純粋さがかわいらしい。
「まあいいや。ありがとう師父!」
「さあ、着替えて顔を洗ってからプレゼント開けようね」
「はーい」
 小黒は元気に答えて洗面所に走って行く。リビングにいる无限大人と顔を見合わせて、笑い合った。
 一日遅れのパーティはお昼にしよう。今日は三人で、楽しく過ごそう。もうすぐ今年も終わりだ。長い一年だった。无限大人と思いが通じて、小黒と絆を結んで、家族になった。これから、どんな日々が待っているだろう。愛おしくて、かけがえのない、幸せな日々。
 そんな日々を、過ごしていこう。

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