63.豫園商城

 庭園を出て、南翔饅頭店で小籠包を食べることにした。上海で一番と有名らしく、行列ができている。
「小黒、待てる?」
「うん!」
 中に入るまで少しかかりそうだから小黒が心配だ。今は元気に返事をしてくれたけれど。思っていたよりは早めに列が動いて、二階に上がる。小黒は椅子に飛び乗って、さっそくメニューを開いた。
「お腹空いたからぼくいっぱい食べるよ!」
「いろいろ頼もう」
 小黒と无限大人はメニューを一緒に見て店員さんにあれこれと注文をする。私は二人に任せることにした。ほどなくして、テーブルの上にたくさんのお皿が並べられた。本当にこんなに食べきれるんだろうか。シンプルな小籠包をひとつお箸でつまんで、蓮華の上に乗せて生地を割る。たっぷりと肉汁が染み出てきた。最初は肉汁だけを飲んでみる。美味しい。小籠包は出来立てで熱かった。
「小香、これも美味しいよ!」
「これも美味いぞ」
「あはは、いただきます」
 二人にあれこれ勧められて、ちょっとずつつまんでいく。どれも美味しかった。気が付けば、お皿の上に盛られていた料理はどんどん減っていく。二人とも、よっぽどお腹が空いていたみたい。
「小黒、何かついてるよ」
「ん」
 小黒のほっぺについた汚れを拭ってやる。柔らかいほっぺだ。拭われる間、小黒は大人しくしていたけれど、終わった途端料理を頬張りもぐもぐと顎を動かす。食べている様子を見るだけでなんだか楽しい。无限大人は静かに食べている。表情にはあまり出ていないけれど、美味しいと感じてるように見える。前に比べれば、无限大人が何を考えているか、察せるようになってきたかもしれない。いや、漢服のことみたいに、唐突に脈絡ないことを言ってくることもあるから油断ならないんだけど。无限大人は、自分の発言がどれだけ力を持っているかわかっていない。些細な一言で、私の心がどれだけ揺さぶられることか。
 料理を食べ終わった後は、庭園の隣の豫園商城を歩くことにした。お土産やいろんな商品が並んでいて、呼び込みの声が賑やかで、一気に現代に引き戻される。雨桐と実家に何か買って帰ろうかと店舗を眺める。上海五香豆というお店で色とりどりの豆が売られていた。豫園の名物だそうだ。
「お土産、これにしようかな」
「ぼくも食べたい」
 小黒は无限大人にねだって、いくつか買ってもらっていた。さっきあれだけ食べたのに、まだ食べられるみたい。
 写真を撮ろうと思って端末を取り出し損ね、落としてしまった。
「あっ……と、あれ?」
 すぐ足元に落ちたはずなのに、見当たらない。周囲に人が多いから、蹴っ飛ばされちゃったんだろうか。探そうにもその隙間もない。
「うわっ!」
 近くで男の人が倒れて、一瞬人々の注目がそちらに集まる。
「……あ! 私の!」
 その男の人が持っていたのはどう見ても私の端末だった。落としたと思ったら、拾われていた……というか、盗まれていたなんて。男の人はなかなか立ち上がらない。そこへ、无限大人が近づき、端末を取り上げた。そして、私に返してくれる。
「ありがとうございます」
「今、警察を呼んだから」
 ほどなくして現れた警察に、男の人は連行されていった。
「君の邦は治安がよかったのだろうが、こちらは隙を狙っているものが多くいるから、気をつけなさい」
「はい。すみません……」
「小香は悪くないよ! あいつが悪い!」
 无限大人に注意されて肩を竦めると、小黒が唇を尖らせてフォローしてくれる。確かに、日本なら端末を拾ったら返してくれる人がほとんどだった。そんなに隙だらけに見えるんだろうか。少し腹が立つ。无限大人が一緒にいてくれてよかった。
「いつも助けてもらってばかりですね」
 前にもこんなことがあったと思い出して、反省する。
「いいんだ。一緒にいられるときは、私が気をつけるから」
「そう……ですか?」
 无限大人の微笑みは謎めいている。頼ってもいいって、言ってくれてるのかな。

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