61.思いは溢れて

「なんか、いいことあった?」
「え?」
 雨桐に食事に誘われて、仕事終わりにレストランに寄った。仕事の話やテレビの話をだらだらとしていたら、ふいに雨桐は姿勢を変えて、これからが本題だと言わんばかりに訊ねてきた。
「最近、浮かれてるよ」
「そう?」
 そんな自覚はなかったので、思わず頬に手を当ててみる。普段通りにしていたつもりだけど……。
「ずばり、无限大人関連ね」
「えっ!」
 まさかその名前を出されると思わず、びくりと身体揺れてテーブルに当たり、箸がかしゃんと鳴った。
「な、なんで」
「そんな緩んだ顔するの、あの人関連以外ないでしょ」
「そんな緩んだ顔してる!?」
 どうしよう、指摘されると恥ずかしくなってくる。確かに、あの日以来とても嬉しい気持ちが続いている。でも、顔に出てるとは思わなかった。
「何があったのか白状しなさいよ」
「な、何もないけど……」
 ここ最近のこと、小黒がお泊りに来てからの話をした。雨桐はじっと聞いていた。表情がほとんど変わらないので、何を考えているのかはよくわからない。
「家に上げたの」
「うん……小黒がご飯食べたいっていうから……」
「ほう」
 雨桐は意味深な沈黙を置く。うう、いたたまれない。言いたいことがあるならはっきり言って欲しい。
「来てくれたのが君で、よかった、ねえ」
「うん……」
 改めて繰り返されると面映ゆい。无限大人は特に深い意味もなくそう言ってくれたのだと思うけれど、その言葉を、とても大事な宝物のように胸の中にしまっている。
「浮かれてる理由はわかった」
「う、浮かれてないもん……」
「正直さ、そこまで仲良くなってるとは思わなかった」
「うん、私も……」
 客観的に見ても、やっぱり家に上げるところまで来るとかなり親しい、と言っても過言ではない……のでは……ないかな!? 一緒に料理を作って、一緒に食べたわけだし……。
「そろそろいけるんじゃない?」
「なにが?」
「告白」
「ぶっ」
 飲もうとしていたお茶を吹き出すところだった。
「む、むりだよ!!」
「でもさ、あの无限大人がそこまで親しくしてる人って、小香以外いないと思うよ」
「そ、そうなのかなあ……」
 そうだと嬉しいけど……。でも、やっぱり告白はちょっと、無理だと思う。
「家に上がってくれたのは、小黒がそう言ったからだし……。私に対してどうとか、そういうのは、ないと、思うし……」
「小黒がきっかけだとしてもさ。无限大人自身が、あんたと交流しようとしてるように感じるよ。話聞いてると」
「私自身と……」
「そのうえで、憎からず思ってるでしょう。何度も出かけてるんだし」
「そ、そうかなあ……」
 雨桐の茶化すでもない珍しく真面目なトーンの声でそう言われると、そうかもしれない、なんて思い始めてしまう。
「でも、ただ、友達……は言いすぎかもしれないけど、その、楽しく過ごせる相手……ぐらいには思ってくれてるかもしれないけど……」
「恋愛かどうかはわからない?」
「……うん……」
 というか、恋愛ではないと思う。だって、无限大人、とても落ち着いてるもの。
「そりゃあんたみたいにわかりやすくはないでしょうねえ」
「そ、そんなにわかりやすいかな、私!?」
「正直、とっくにバレててもおかしくないと思う」
「ば、バレてるかな……!?」
 バレてるとなると、いろいろと問題が出てくる。
「もし、私の気持ち知ってるとして、今の態度ってことは……それって……」
「まあ、相手は四百年も生きてる人だからなあ。凡人からは計り知れないところはあると思うよ」
「それはつまり、どういう……?」
「伝えてみなくちゃわからないってこと」
「うっ……」
 雨桐は気軽に言うけれど、実際行動しようと考えたら私がどんなに苦悩するかわかってない。
「それとも、伝えずに帰るの?」
「……わからない……」
 どんなに考えてみたって、わかるわけない。どうするのが一番いい選択なのかなんて。終わってみなくちゃわからない。
「でも、どんどん気持ちが溢れてくるの。无限大人の気持ちがわからなくても、結果がどちらだとしても、そんなことはもう関係なくて、とにかく言いたいって気持ちが強くなってる、今」
「そっか」
 素直に今の気持ちを口にしたら、雨桐は優しく笑ってくれた。
「私はさ、あんたが後悔しないのが一番だと思うよ」
「うん。ありがとう」
「ほんとは報われてほしいって思ってるけどね。あんたがどれだけ思ってるか知ってるんだもん」
「雨桐……」
 そんなことを言われたら、泣きたくなってしまう。最近、涙腺緩くなってるかもしれない。どうすればいいかはわからないけれど、一緒にいられる時間を、できるだけ大切にしよう。いい時間を過ごせたと思ってもらえるように。

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