42.偶然の出会い

「ふうむ、そうだなあ……」
 相談に現れた私に、楊さんも顎を摩って悩んでしまう。
「少々、要求が多いんだよなあ……」
「そうですねえ……」
 ずっと住むことになる場所なのだから、こだわるのは当然だ。けれど、彼女が望むような素敵な場所が、あといくつこの地に残されているかと思うと、やるせない。
「うーん、そうだな、カリ館長に聞いてみるかね」
「どちらの館の館長さんですか?」
「霊渓だよ。こちらより南にある」
 夏さんの館は北にあった。南はまだ調べていない。
「カリ館長がご存知なくても、心当たりを当たってもらえるかもしれないからな」
 楊さんにさっそくアポを取ってもらって、翌日転送門を使って一人で霊渓を訪れることになった。転送門を通るとき、彼に手を引かれたことを思い出す。一瞬だったし、緊張していたから、あまり手の感触を覚えていない。転送門の向こうでは、妖精の禿貝さんが待っていてくれた。
「いらっしゃいませ、小香さん。お待ちしておりました」
 禿貝さんは丁寧な物腰で私を迎え入れてくれた。霊渓の館は森に囲まれていた。龍遊とも、燕京とも違った雰囲気がある。
「館長、小香さんがいらっしゃいました」
「ああ、楊さんから聞いているよ」
 どうぞ、と彼は座るように示してくれた。私より背が低い、サングラスを掛けた男性だ。禿貝さんは片隅に置かれていた茶器を取り、お茶を淹れる。
「すみません。お忙しいところお時間をいただきありがとうございます」
「構わないよ。潘靖との仲だしね。君はせっかく日本から来たんだし、こちらもゆっくり見学していくといいよ」
「はい、ぜひ」
 禿貝さんの淹れてくれたお茶を飲みながら、さっそくカリ館長に相談する。館長の目はサングラスに隠れていて表情が読みにくいけれど、声音は穏やかで思慮深い印象がある。
「なるほどね」
 彼は私の伝えた条件に合う物件を頭の中で検索するような間をあける。
「そういうところがあれば、住みたがるものは多いだろうね」
「そうですよね……」
 人間に変化できず、館にいるしかない妖精たちは、人間が来ない場所があれば、きっとそこの方が住みやすいだろう。
「彼女の希望に適うかはわからないが、いくつかピックアップしよう」
「ありがとうございます」
「禿貝、頼むよ。小香、よければ終わるまで私が館を案内しよう」
「よろしいんですか?」
 物件探しを任せてしまう上に、館長自らに案内してもらうとなると気が引ける。しかし禿貝さんはお任せくださいとすぐに奥へ行ってしまい、カリ館長も立ち上がって外へと歩き出してしまった。
「この館にも、たくさん妖精が住んでいるよ」
 ほら、と彼が示した方向を見下ろす。私たちがいるのは建物の最上階近くだ。下の方に広場があり、そこで何人かの妖精が集まって手合わせをしているようだった。その中に見覚えのある髪が翻るのを見てしまって、思わず立ち止まる。
「あっ……!」
「うん? ああ、无限大人と知り合いかい?」
「は、はい」
 つい身を乗り出してまじまじと確認してしまった。妖精たちが手合わせしているのを見ているあの佇まいは、どう見ても无限大人だ。
 ここに来ていたんだ。
「无限大人!」
 カリ館長は下を覗くと、大声で彼を呼んだのでびくりとしてしまう。
「今からそこに行きますので、そこで待っていてください!」
 何を言い出すの、とおろおろしてしまう。そんな、心の準備ができていない。
「わかった!」
 下から无限大人が答えるのを聞いて、どきんと胸が高鳴る。彼の瞳が、確かにカリ館長の隣にいる私を捕えた。彼は人差し指と中指を揃えてぴっと立てると、挨拶するように私に向かって軽く振ってみせた。私も慌てて手を振り返す。ああ、笑ってくれた。それだけで胸がいっぱいになってしまった。

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