いちゃいちゃする話 |
薄暗い雨の日、窓の外は灰色で、強い風が吹いている。最近は暖かい日が続いていたのに、急に寒くなってしまったので上着を羽織った。 「コーヒー淹れますけど、飲みますか?」 「いただこう」 无限大人の返事を聞いて、やかんに注ぐお湯の量を調整する。火にかけて、沸くまでソファでくつろぐことにした。无限大人の隣に座る。无限大人は珍しくスマホを触っていた。何をしているのか少し気になるけれど、たぶん、どこかに連絡をしているんだろう。 「写真の整理をしているんだよ」 「えっなんで私の考えてることわかったんですか!?」 「ふふ」 无限大人に見破られてしまい、どきりと肩を揺らす。无限大人はいたずらっぽい笑みを浮かべて、ほら、と画面を見せてくれた。 「前出かけたときの写真。小黒と出かけたときの写真も撮っているし、ずいぶん増えたよ」 「ほんとだ、いっぱい撮ってますね」 无限大人が撮った写真には私がたくさん映っていて、なんだか面映ゆい。でも、私の方がもっとたくさん写真を撮ってる。と、心の中で思う。口に出したら、見せてって言われそうだけど、それは困る。私がどう无限大人のことを見ているか、わかりやすく映ってしまっている気がするから、それを見せるのは恥ずかしい。 「失敗したものは消しているんだが、それでも多いな」 指先で画面をスクロールしながら、独り言のように无限大人は言う。 「いろんなところにお出かけしてますもんね」 「はは。そうだね」 无限大人は肩を揺らして笑った。目を細めて口を大きく開けて笑う姿は、初めて会ったころには想像もできなかった。こんなに快活に、親し気に接してくれるというのが、今でも新鮮に感じてしまう。 「君たちと出かけると、違った視点でものを見ているから、面白いよ」 「小黒とか、見るものなんでも珍しいって感じで、大きくリアクションしてくれますもんね」 「君もよく目を輝かせているよ」 「そうですか? あんまり見ないでください」 「それは難しいな」 「もう……」 「そういうが、君こそ私のこと見ているだろう」 そう指摘されて、どきりとする。 「えっ……バレてましたか」 无限大人はにべもなく答えた。 「バレてる」 「うー……」 だって見たくなっちゃうんだもん、ともごもご言い訳をする。无限大人は吹き出して、いいよと笑ってくれた。 「あ、お湯沸いてる」 話に夢中になって忘れていた。慌ててキッチンに戻り、火を止め、インスタントコーヒーを淹れる。 「どうぞ」 「ありがとう」 マグカップを一個无限大人に渡して、自分もマグカップを持ったままソファに座りなおす。コーヒーを飲みながら、いままで遊びに行った場所について、写真を見ながら振り返っては思い出を語り合った。こうして、見てきた美しい場所を、二人で共有できることがとても嬉しい。 「今度は藤の花を見に行きたいですね。そろそろ咲くころだから」 「そうだね」 そう言いながら、无限大人が私の顔を眺めていることに気付く。一緒にスマホの画面を覗き込んでいたはずなのに。距離が近い。 「なんですか?」 「触れたいなと思って」 「えっ……と、いいです、けど……」 そんな風に素直に言われると、どう答えるか悩んでしまう。どうぞ、と言うのも恥ずかしい。 无限大人は顎を引き気味の私に微笑んで、手を伸ばしてくる。頬に触れるけれど、視線は唇の辺りに落とされている。少しずつ顔が近づけられる。先に目を閉じたのは私だった。无限大人の息遣いがすぐそばでして、唇が触れる。ふわりと優しく押し付けられ、すぐ離れたと思うとまた重ねられる。何度かふわふわと触れてから、ちゅ、と長く押し付けられた。呼吸ができなくて、頭がふらふらしてくる。そのままじっと受け止めていると、腰に腕が回されて、ソファの上にじりじりと押し倒された。頭がクッションに置かれ、唇が一瞬離れた隙に呼吸をする。 「っ……はあ……」 无限大人は大きく喘ぐ私を見つめ、息を吐いたタイミングでまた唇を重ねてくる。頭を撫でられながら、唇をちゅ、と吸われた。ちゅう、と何度も何度も吸い付かれ、気がへんになりそうだった。 「ん、あ、コーヒー……」 「飲みたい?」 「冷めちゃう……」 きゅ、と彼の服を握り、声を漏らす。キスの味はほろ苦い。 「冷めたら、今度は私が淹れるよ」 笑い含みに言いながら、また口を塞がれる。いつもより長くて、熱い。ちゅっと軽く音を立てて、唇が触れ、また離れ、すぐに触れる。じれったくなってわずかに口を開くと、待っていたかのように舌が滑り込んできた。 「んんっ……」 優しい戯れが、深い愛撫に変わり、身体を内側からまさぐられるようで、腰のあたりが痺れる。彼の舌が私の舌を撫で、上顎を撫で、舌の裏側を舐められ、ぞくりとする。 「あっ……はぁ……っ」 息が上がり、喘いでしまう。彼の吐息も微かに乱れていて、それが余計に情を煽る。手を伸ばしてさらさらの髪に触れる。彼が顔の角度を変えるのに合せて髪のつやが滑らかに動く。天井が見え、彼の閉じた瞼が見えた。睫毛が肌に影を落として、影の形が変わっていく。くらくらとしながら、うっすらと目を閉じて、彼が与えてくれる愛撫にうっとりと酔いしれる。もっとずっと触れていてほしいけれど、やがて彼は私の上から身体を起こした。熱に浮かされたような私の顔を眺め、微笑む。 「お湯を沸かしてくるよ」 「はい……」 私はまだソファから起き上がれず、短い呼吸を繰り返す。熱いコーヒーを飲んだら目が覚めるだろうか。頭がぼんやりとしていて、无限大人の唇の感触ばかり反芻してしまう。彼はあんなにすぐに切り替えられて、ずるい。私は身体の力が抜けてしまって、ふやけてしまっているというのに。 「大丈夫か?」 戻ってきた无限大人が気づかわしげに私の頭を撫で、顔を覗き込んでくるので睨みつけてみるけれど、うまく目元に力が入らない。 「大丈夫じゃないです……」 「ふふ、そうか」 无限大人は楽しそうに笑うから意地悪だ。誰のせいだと思ってるの。悔しいから、隣に座った无限大人に抱き着いた。 「離しません。……お湯が沸くまで」 「はは、困ったな」 ぎゅっと腰に腕を回して、肩に頬を押し付ける。无限大人は私を抱き寄せて、胸元へ寄りかかれるように姿勢を変えてくれた。また顔が近づく。目を閉じると、彼の吐息が口元に掛かった。 やかんがうるさく音を立て、二度目のキスは阻止された。 ← | → |