第三十五話 香



「ねえね……」
 天虎はナマエの右腕の袖が頼りなくはためいているのを見て眉を下げ、無事な方の左腕をそっと掴むと、悲し気な目でナマエを見つめた。
「すごく、心配した」
「ごめんなさいね。でも、戻ってきてくれてうれしいわ。天虎」
 ナマエが怪我をしたことは、館の外に出ていた天虎にも洛竹から知らされ、天虎は釣りの道具もそのままに急いで館に戻ってきた。いざ戻ってみると、ナマエの思っていた以上に傷ついた様子に胸が潰れそうに痛んだ。こんなに優しい人を、ここまで痛めつけることができるものがいることが信じられない。
 ナマエは天虎に心配を掛けてしまったことを申し訳なく思ったが、久しぶりに弟の顔が見れたことは素直に嬉しかった。
「天虎、ナマエ姉を座らせてやってよ」
「うん」
 じっと部屋の入口で立っている二人に、洛竹が眉を寄せて唇を尖らせる。
「ああ、はい。今座りますよ」
 怪我をしたナマエの世話をすると言ってきかず、甲斐甲斐しくナマエの傍で気を配っている。ナマエも、大丈夫だと言っても納得してもらえないことがわかったので、大人しくされるがままになっていた。
「はい、お茶」
 洛竹が淹れてくれたお茶を天虎とナマエは飲む。味にムラがあるが、苦すぎたりすることはなく、飲みやすい範囲だ。
「茉莉花茶だよ。紫羅蘭がおすすめしてくれたんだ」
 今、洛竹は仕事を休んでいる。事情は紫羅蘭も把握済みだ。洛竹がナマエのそばにいたいと言ったら、ぜひそうしてと喜んで休暇を与えてくれた。とはいえ、あまり長く引き留めるのは悪いとナマエも思っているし、罪悪感を抱かせるのも申し訳ないので洛竹は一週間、という期限を決めた。ナマエの腕がある程度戻るまでの時間だ。料理などの複雑な動作はまだ無理だろうが、着替えや読書程度なら問題なくできるくらいの回復状態になるだろう。
「天虎、外の様子はどう?」
「寒くなってきた」
「もう冬だものね……。今年の雪はどうかしら」
 ナマエは窓の外に目を向ける。空の青は薄く、寒々しい。
 雪景色を想像すると、ナマエの心は少しだけ弾んでくる。白に染まった森が一番好きだった。もう、ずいぶんと長い間見ていない気がする。
「雪が積もったら、森に行きたいわ」
 何気なく呟いたら、洛竹と天虎がそっくりに眉をひそめてしまった。
「館から出るのは危険だよ。我慢して」
 洛竹は頑として譲らないといった様子で口を結ぶ。ナマエは肩を竦めてわかりました、と言うしかなかった。この身体では、少しなら大丈夫だなんて言ってもとても信用してもらえない。
「でも、老君が見守ってくれてたとはいえ、いままでナマエ姉が狙われなかったのは奇跡だよな。あの森で過ごしていた間、俺たちは悪いやつらと戦ったことはあったけど、ナマエ姉の力を狙う奴はいなかった」
「用心していましたからね」
 ナマエはそう答えたが、やはり運がよかっただけなのだろう。ナマエの力が妖精にとっても魅力的だということは、この短期間でいやというほど思い知った。
「ナマエ姉が安心して外に出られるよに、俺、もっと強くなるな」
 洛竹はぐっと両手の拳を握って誓って見せる。
「うん」
 天虎もそっくりな顔をして鼻息を荒くした。頼もしい弟たちに微笑ましくなると同時に、無限の顔が浮かんでくる。無限も、ナマエを守ってくれると言っていた。彼らがいてくれるお陰で、今のナマエに、命を狙われる恐怖はほとんど感じられない。きっと大丈夫だと信じられる。
「ありがとう。頼もしいわ」
「だから、しばらくは我慢してくれな、ナマエ姉」
「ええ」
 館での暮らしは快適だ。雪が見られないのが残念なくらいで、基本的には不自由していない。冠萱や紅泉が困ったことがないかと気にかけてくれているので何かあれば頼る相手もいる。それに、無限と小黒もここに拠点を置いてくれたから、いつでも会いに行くことができる。外に出られないことは、我慢するというほどのストレスではない。また彼らに迷惑を掛けることになるのに比べれば、なんということはないのだ。
 だから、申し訳なさそうにする洛竹と天虎にナマエは笑い返して見せる。何も気にしないでというふうに。



「お待たせしました!」
 洛竹と一緒に、紫羅蘭が湯気の立つ皿を持って厨から現れた。
 今夜は、紫羅蘭と洛竹が夕飯を作ってくれた。色とりどりの料理が所狭しと卓子の上に並べられる。ナマエと天虎はその豊富さに目を輝かせた。野菜も肉もふんだんに使われた料理は見ているだけでも楽しく、立ち上る香りで胸がいっぱいになる。
「無限様はまだかしら」
 皿を並べ終わってもまだ空いたままの二つの椅子を見て、紫羅蘭は入口の方に目を向けた。それと同時に、戸が叩かれる音がした。紫羅蘭はぱっと笑ってナマエと顔を見合わせる。
「噂をしたら! 私出ますね」
「お願いね」
 紫羅蘭が戸を開けると、小黒の元気な声が聞こえて来た。
 すぐにぱたぱたと小気味いい足音が室内に駆け込んできて、空いていた椅子に飛び乗るようにして小黒が座った。
「小黒、挨拶は」
 その後ろから、ゆっくりと無限と紫羅蘭が現れる。無限に呆れたように注意されて、小黒は大きく口を開けて目を細め、ナマエに笑いかけた。
「こんばんは! ナマエ! 洛竹! 天虎!」
「いらっしゃい、小黒。無限様も、お座りください」
「うん」
 この日の夕飯は賑やかだった。
 みんなよく笑い、よく食べた。洛竹はナマエの右側に座って、ナマエが困っているとすぐに手を差し伸べて、なんでも手伝った。
「ナマエ姉、これも美味しいよ!」
 箸を持つのが難しいナマエに代わって、洛竹は一口大に切られて煮込まれた豚肉を取り、口元に運ぶ。ナマエが口を開けると、その中へ豚肉を入れた。ナマエはそれをよく噛んで味わう。よく煮込まれた豚肉はとても柔らかく、舌の上で蕩け、沁み込んだ味がじんわりと口の中に広がった。
「ナマエさん、こっちも食べてください!」
 反対隣りに座った紫羅蘭が、韮の葉をナマエの口元に差し出す。そうやって世話を焼かれている様子を見て、小黒はくすくすと笑った。
「いつもと反対だね、ナマエ!」
 いつもなら小黒がナマエにそうやって食事の面倒を見てもらう側だ。小黒から見ればずっと大人のナマエのそういう姿を見るのはとても不思議な気持ちになった。
「ナマエ姉の世話をできるなんてそうそうないからな」
「そうよね。なんだか嬉しいです」
 楽しそうに言う洛竹に紫羅蘭も同調して、ナマエに微笑みかけた。二人とも、ナマエの役に立てるのが嬉しいといった様子で、小黒も嬉しくなった。いつも世話になっている無限に、たまに役に立てることがあると小黒もとても誇らしくなる。きっとそれと同じだろう。
 そんな彼らの姿を見ていたら、ナマエの方でも恥ずかしいとか、負担になるのではなんて思う気持ちはすぐにどこかへいってしまった。
「いまだけは、甘えさせてもらうわね」
 元通りの生活ができるようになるまでは、彼らの手が必要だ。左手で食べられないことはないが、うまく掬えなかったり、こぼしたりでひどく時間がかかってしまう。いやな顔ひとつせず、こちらから言う前に手を差し伸べてくれる存在がいることがとてもありがたかった。
「ねえ、明日はぼくもナマエのお手伝いしてもいい?」
 小黒は洛竹とナマエと天虎に確認した。
「師匠が任務に出かけちゃうから。ぼくお留守番なの」
 初めて留守番を経験したときよりもずいぶん落ち着いた様子でそう付け加えた。何度もナマエと無限の帰りを待つことを繰り返して、そのことに慣れて来たのだろう。
 洛竹はナマエと顔を見合わせ、頷き合った。そして、小黒に向き直る。
「もちろん。お前が手伝ってくれると助かるよ」
「うん! 任せて!」
「面倒をかける」
「いえいえ」
 無限はナマエに軽く頭を下げる。ナマエは軽く首を振る。これももう何度も繰り返したやりとりだ。
「面倒を掛けるのはこちらですわ。お願いね、小黒」
「うん!」
 小黒は満面の笑みで請け負った。
 食事が済み、天虎が食器の片付けを買って出て、紫羅蘭は明日の仕事のために帰り、洛竹もナマエにもう手伝うことがないことを確認してから自分の部屋に戻った。
 無限も、眠そうな小黒を立たせて、部屋を出る。
「明日の夜には帰れると思う」
「はい」
 無限は入口まで見送りに出たナマエを振り返り、帰る時間を告げる。
 そして何か言おうと少し口を開いて、しかし何も言わずナマエの顔を見つめた。ナマエは無限の言葉を待って、その瞳を見つめ返す。
 僅かな時間が流れた。
 小黒がぐずって無限の手を引っ張った。無限はそれで黙り込んでしまったことに気付いたようで、改めてナマエに向き直った。
「……では、おやすみ」
「おやすみなさいまし」
 ナマエは無限が小黒の手を引いて背を向けるのを見届けてから、音がしないように片手でそっと戸を閉めた。



 近頃は客足は落ち着いていた。
 繁忙期はもう少し先だ。これくらいなら、洛竹の手がなくとも足りる。洛竹が入る前は一人で繁忙期を回していたことを思うと、我ながらよくやっているな、と紫羅蘭は苦笑する。閉店間際のこの時間は、いつもほとんど客は来ない。店内の花を見て回って、しおれているものがあれば抜き取り、次に仕入れる花の種類を頭の中で確認する。
「いらっしゃいませ」
 扉が開かれる音がしたので振り向きながら声をかけ、客の姿を見て思わず背筋が伸びた。
「無限様!?」
「邪魔をする」
 無限は店内を一望すると、カウンターの方へやってきた。
 紫羅蘭は前髪を撫でつけながら、カウンターに立ち、無限を迎える。
「驚きました! お店にいらっしゃるなんて珍しいですね」
「うん。花束を、と思ったのだが」
「わあ! プレゼントですか?」
「ナマエの見舞いに」
 ああ、と紫羅蘭は納得して両手を叩いた。
「以前、ナマエさんから無限様にお見舞いにお花を贈りましたもんね! お返しですか? 素敵だなあ!」
「君が選んでくれたと聞いたよ」
「はい! といっても、ナマエさんと相談しながらですけど。無限様は、お包したい花とかありますか?」
 ナマエに贈るならあの花がいいかもしれない、と心の片隅で考え始めながら、お客様の意見を窺う。
 無限は店内の花を見渡して、そうだな、と考え込んだ。
「花言葉といったか、そういうものには疎いんだが……」
「言葉はわからなくても、ぴんときたお花を贈るのもいいと思いますよ」
 紫羅蘭は答えながら、何本か花を手に取る。
「例えば元気になってほしいから黄色、オレンジ系を選ぶとか、和む気持ちになってほしいから小さくてかわいらしい花を選ぶとか……」
 どの花も、みな綺麗だ。きっとナマエはどれを贈られても喜ぶだろう。ただ、その綺麗な花の中から、彼なりの見識で選ばれた花だとなれば、余計に嬉しいのではないかと思う。
「この花は?」
 悩んだ末に無限が示したのは、床に置かれたバケツに咲いた小さな白い花だった。
「茉莉花ですね! とっても香りがいいんですよ。部屋に置いたら、気分転換になるかも。花言葉は……温順や柔和、ですね。ナマエさんの性格に合いますよね」
「そうだな……。では、これを」
「はい! 茉莉花をメインに、ブーケ作りますね!」
 茉莉花を中心に据えると、紫羅蘭の中に花束のイメージがぶわっと広がった。店の中をくるくる回り、花を次々に手に取っていく。可憐で、儚い美しさを持つナマエの横顔がずっと瞼の裏にあった。そんなナマエが、花束を持った無限の前で笑顔になる。その笑顔は花束以上にきっと綺麗だ。
「うふふ」
 すっかり楽しくなって、笑みを浮かべながらてきぱきと花束を包んでいく紫羅蘭に、無限はほとんど口を出さず任せきりにした。
「じゃん! できました! これでどうでしょう」
「ああ、思っていたよりずっといい」
 無限は押し抱くように花束を受け取った。その笑顔を見て、紫羅蘭も自分の仕事に満足する。
「これ、今日お渡しするんですか?」
「ああ」
「ふふ、きっとナマエさん、とっても喜びますね!」
「そうだと、いい」
 そう言いながら花束を眺める無限の瞳はどこか夢見るようですらあって、紫羅蘭はどきりとする。
 無限がナマエに向ける視線は特別だ、と気付いたのはいつだったろう。
 最初は、小黒がナマエと仲がいいのだと思っていた。だが、実際に三人が一緒にいるところを見たとき、すぐにわかった。あんな表情をする無限を見たことは、いままでなかったから。
 ナマエに向ける無限の眼差しは深くて、優しくて、熱い。
 そんな眼差しを向けられるナマエを羨ましく思い、それ以上に心からずっと二人がこんな風に暖かな雰囲気に包まれていてほしいと願う思いが湧き上がった。
 こうして、その手伝いができることが何よりも嬉しい。
「ありがとう」
「いいえ! これが私の仕事ですから」
 無限のその言葉は、いままで受けた感謝の中で一番特別で、一番嬉しいものだ。かつて、自分は無限に助けてもらった。その恩を、少しでも返せたならいい。
 紫羅蘭は無限を見送って、弾んだ心で店じまいを始めた。



 無限が館についたころにはすっかり夜になっていた。
 この時間では、小黒は寝ているかもしれない。とにかくまずは、ナマエのところに行こう、と無限は腕の中の花束を抱え直した。
 戸を叩くと、すぐに明るい声が返事をした。
 家に帰りを待つ人がいるというのはこんな気分だろうか、と無限は考える。
「私だ」
「無限様。お帰りなさいませ」
 戸が開くのと同時に、ナマエが顔を出し、無限の姿を見て微笑みを浮かべた。
「夜遅くにすまない」
「いいえ。お早いお帰りでようございました」
「小黒は?」
「洛竹と一緒にいますわ。そろそろ寝ているかも」
「そうか」
 なら、薄暗い部屋で一人寝ていることはないのだな、と安堵する。
 そして、背に隠していた花束をナマエの目前に差し出した。
「これを、あなたに」
「まあ、お花を?」
 それを見た瞬間、ナマエに笑顔が咲き零れた。
 この顔が見たかったんだ、と無限はそれに目を奪われる。
 ナマエは目を細めて、ブルー系で統一された花束に見惚れた。
「素敵……。香りも」
「うん。茉莉花だそうだ」
「まあ、昨夜飲んだお茶ですわね」
 ナマエはくすくす笑いながら、目を閉じてその香りを確認した。
「いい香りですわ」
 茉莉花の可憐な白がナマエの白い肌によく映えて、無限は眩暈がするようだった。ずっと花束を抱えていたから、その匂いに酔ったのかもしれない。
「花瓶はあるか? 飾ろう」
「この前片付けてしまって……あの戸棚に」
 無限は場所を聞くと、花瓶を探し出して水を入れ、水切りをして花を飾った。部屋全体が茉莉花の香りで満たされそうだった。
 ナマエは花瓶の置かれた卓子に座り、もう一度深く息を吸い、その香りを楽しむ。
「とても嬉しいですわ」
「以前、見舞いにと花をもらったから」
 そのお返しに、と答えながら無限はナマエの肩に手を置く。そっと後ろから、花を眺めるナマエを見つめる。甘く魅惑的な香りが、彼女の髪から香るようだった。この髪を手に取って、その香りを嗅げたなら。胸が彼女の甘やかな匂いでいっぱいになって、陶酔したまま眠りにつけるだろう。
「ナマエ……」
 思わず、彼女の名前が口から漏れる。ナマエは律儀に、はい、と無限の方を振り返る。その瞳があまりに優しくて、すべてを受け入れてもらえるのではないかと錯覚しそうになる。
 だが、違う。
 ナマエは、無限がナマエに対してどんな思いを抱いているかを知りはしない。
「好きだよ」
 だから、伝える。
 行動で、そして、言葉で。
 ナマエははい、と言いかけて、目を伏せる。
「私の思う好き……は、無限様のおっしゃるそれとは、違うのですわね」
「ああ」
 そして、困ったように無限を見上げる。
「その意味を、ずっと考えているのですけれど……まだ、よくわからなくて。申し訳ありません……」
「いや、気にしなくていい」
 無限はナマエの肩から手を離し、首を振ってみせる。
「わからないのは当然だよ。私は人間で、あなたは妖精なのだから」
「そういうものなのでしょうか……」
「そうだよ。それに、私もすぐにわかってもらおうとは思っていないから」
「はい……」
 ナマエはきっと、いままで妖精たちとは家族という関係だけを築いてきた。一人で生まれる妖精にとっては、その絆はとても貴重で、大切なものだろう。しかし、その実体は人間の持つそれとはおおよそかけ離れている。
「潘靖さんと、夏さんの関係が、無限様のおっしゃるものなのでしょうか」
 わからないながらも、考えてくれること事態が嬉しい。それだけ、己のことを考えてくれているということだ。無限はじんとしながら、そうだ、と答えた。
「彼らは、お互いを特別に思っている」
「特別に……」
 ナマエは四人でカフェに行ったときの様子を思い出す。夏は別の館の館長を務めているから、今は滅多に潘靖に会えないようだった。だから、久しぶりの逢瀬を存分に楽しんでいた。素直に甘えて、時には意地悪を言ってからかって、潘靖はそんな夏に翻弄されながらも、どこか嬉しそうだった。
「あんなふうに……」
 ナマエはちらりと無限を見る。しかし目が合いそうになって慌てて逸らす。潘靖のような無限を想像すると、なんだか意識してしまって無限のことをまっすぐ見られなくなった。
「急ぎはしないから」
 そんなナマエに、無限はあくまで優しくそう話しかける。気持ちが伝わらないことはもどかしいだろうに、そうやってナマエの心を優先してくれることがありがたかった。
「ナマエ」
 名前を呼ばれて、おずおずとナマエは顔を上げる。
 無限の瞳は、こんなにも熱っぽかっただろうか。
 こんなに熱く、瞳の奥に炎を宿しているかのように、ナマエを解かしてしまうほどの熱を、持っていただろうか。
 見慣れたはずの碧玉の色が、初めて見るもののようで、ナマエはどきりとする。
 いままで、気が付かなかった。
 彼はずっと、こんな視線を向けてくれていたのだろうか。
 自分は、これからどんな気持ちでその視線に応えていけばいいのだろう。
 わからないけれど、目が離せなかった。
 瞬きするのも惜しいくらいに、その色を綺麗だと思った。
 そこに映っているのが自分ただ一人であることが、なんだかとても不思議だった。

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