03枝飛び遊ぶ小鳥を追いかけて



 風息が帰ってきたのを見つけて、木の上から飛び降りる。珍しく早いなと思ったら、珍しいのはそれだけじゃなかった。
「おい、まさか……」
 風息は二の句をつげないでいる俺を見て、小さく首を振った。
 騒ぐなと言われても、それは無理な相談だ。
 だって風息が、人間の女の子をこの島に連れてくるなんて!
「はじめまして、ナマエといいます」
 その子は意外と礼儀正しく自己紹介をしてくれた。
「俺は洛竹……じゃなくて、風息!」
「うん。ちゃんと説明する。虚淮はいるか?」
 風息が周囲を気にする様子を見せると、俺の後ろから丸っこいシルエットが飛び出してきた。
「いる」
 天虎は答えながら、俺の隣に並んだ。
「ひょあ!?」
 叫んだのは女の子。驚いてのけぞった上半身を勢いよく引き戻し、乗り出すようにして、まじまじと天虎を見て、首を傾げている。やっぱり、普通の人間なら見慣れてるはずがないよな。
「じゃあ、行こう。こっちだ、ナマエ」
 風息は女の子の足元を気遣うかのようなそぶりで道案内をする。俺は驚きのあまり何も言えないまま、その後ろからついていって、二人の様子を眺めるしかなかった。
 虚淮はいつもの大木の根本にいた。静かなその瞳を、ひたと女の子……ナマエに向ける。
「人間か」
「わあ、角が生えてる」
 天虎よりは衝撃が薄かったのか、ナマエは虚淮の姿にそれほど驚きをみせなかった。あまり騒がれても困るけど、思ったより順応が速そうだった。
「改めて紹介する。俺の仲間の洛竹、天虎、虚淮だ」
「ナマエです。よろしくお願いします」
 何も言えないでいる俺たちに、ナマエは丁寧に頭を下げた。人間のわりには礼儀をわきまえているらしい。けど。けど!
「どういうことだよ風息! 人間を連れてくるなんて!」
 我慢していた分を合わせて思いっきり風息を問い詰める。天虎と虚淮も物問いたげな眼で風息を見つめていた。それを受けて、風息は軽く息を吐く。
「まったく偶然ではあったが、俺は彼女に助けられた」
「えっ!」
 偶然というところを強調して、風息は答えた。
「で、今彼女は困っている」
「借りを返すというわけか」
 虚淮は値踏みするような視線をナマエに向けた。
 見たところ、ごく普通の女の子だ。風息が困るような場面で役に立つ姿は、失礼だけど想像できない。
「転送術が使える。だが、霊質を使い切ってしまったらしい」
「転送術!?」
 それにはさすがに驚いた。特に修業を積んだ様子も見えないのに、ちゃんと術を使えるのか。転送術が本当に使えるなら、便利な術を持っているもんだ。けっこうレアなんじゃないか?
「それで、使い慣れなくて変なところに跳んじゃったって感じか?」
「そうなんです!」
 俺が推量すると、ナマエは勢いよく頷いた。
「気が付いたら空にいて、落っこちたところを風息さんに助けてもらいました!」
「風息でいい」
「え! じゃあ、風息」
 ナマエは咳払いしてから言い直す。
「帰りたいんですけど、今はまだ帰れないみたいなので、しばらくご厄介になります」
 深々と頭を下げる姿はどう見てもただの女の子で、裏もなさそうだった。
「よくわからないけど、大変だったんだな。まあ、ここは霊質に満ちてるから、すぐ帰れるさ!」
「はい! がんばります!」
 他でもない風息が連れて来たのだから、俺に異論はない。
「それで! 聞きたいんですけど!」
 ナマエははい! と手を挙げると、両手で天虎を示した。
「この方は虎さんですか!?」
「彼は妖精だよ」
 風息はそう言いながら、黒豹の姿に変化した。
 その間のナマエの表情といったらもう、見ものだったよ。
「俺たち全員そうだ」
「……うわわわわー……」
 驚きすぎて声も出ないって感じだ。風息、ちょっとナマエをからかってるんじゃないか。
 でも気持ちはわかる。
 返ってくるリアクションが大きいから、つい引き出したくなるってかんじ。
「さささ、触っても……?」
「ダメだ」
 下心ありそうな顔でそーっと手を伸ばしたナマエに風息は即答して、また人型に戻った。
「えー、うわーほんとに人間じゃないんだ、うわぁ」
 繰り返し言うナマエに邪気は感じられず、ただひたすら驚いて、どこか面白がっている様子だった。妖精を見た人間の反応は二つ。好意か、敵意。
 ナマエは前者のようで、ほっとする。
「でも、私も瞬間移動できるってことは、妖精になっちゃったとか?」
 あまりにも突拍子もないことを言いだすので、思わず声を上げて笑ってしまった。
「ははは! 君はどこからどう見ても人間だよ!」
「ええー……。まあ変身はできないですけど……」
 ナマエはつまらなそうにスカートをつまんでひらひらさせる。ナマエが着ている服は、あまり街中では見かけない形をしている。人間の流行が変わる速度は速すぎてついていけないから詳しくないけど。
 彼女は俺たちをぐるっと見て、森をぐるっと見て、深呼吸した。
「妖精の住む森……ファンタジーだ……」
「現実だよ」
 感嘆の息を吐くナマエに、風息は笑みを浮かべた。
 ナマエは後ろ手に組み肩を竦めて、ちょっと舌を出した。
「まだ夢心地です」

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