10目印めがけて一直線
目が覚めたとき、部屋はとても暗かった。夜だろうか。
喉が渇いた。
ゆっくりと起き上がると、少し離れたところで誰かが動く音がして、こちらに駆け寄ってくる気配がした。
「ナマエ!?」
「洛竹……?」
「起きたのか! よかった……!」
洛竹はおでこがくっつきそうなほど顔を近づけて私の顔をまじまじと見ると、はぁーと深い息を吐いた。
「このまま眠り続けてたらどうしようかと思ったよ……」
「え? そんなに寝てないよね……?」
風息が行ってしまってから数時間しか経ってないと思ったけれど、はっきりとはわからない。洛竹は赤くなった鼻を指で擦った。
「バカ。心配したんだぞ。何日も眠り続けてたんだから」
「何日って……え!?」
思わず驚いて立ち上がり、周囲を見渡す。窓から入る星明りしかなくて、ここがどこなのかはっきりしない。少なくともあの森ではないし、阿赫の家でもない。
「ここ……どこ?」
「霊道を抜けたところだよ。無限から逃げたの、覚えてるか?」
「うん。じゃあ、あの廃工場? 私そんなに寝てたの?」
洛竹は頷いたけれど、信じられない。だって、ついさっき気を失ったばかりだと思うのに。洛竹はふらふらしてる私を心配して、そっと肩に手を添えてくれた。
「大丈夫か? 無理するな。水飲むか。腹減ったろ。ナマエが寝てる間何があったか話してやるから、座ってな」
「うん……」
洛竹に世話を焼かれるまま座り、薪に火が入るのを見守って、水を咽喉に流し込みお饅頭を食べた。
「まず、風息が行ってからだな。俺の種霊で、小黒の行方を追うことになった。天虎は仲間を集めて一緒に探しに出て行った。虚淮は俺と一緒にここで小黒が見つかるのを待ちながら、お前が目覚めるのを待ってたんだよ」
「そうなの?」
言われてみて改めて周囲を見ると、洛竹以外に人影はない。
「少し前に、見つかったんだ。小黒が。だから、虚淮が一足先に迎えに行った」
「ほんと!? よかった……」
あの子猫が見つかったと知ってほっとする。そしてすぐに、洛竹がここにいる理由に思い当って申し訳なくなった。
「ごめん。私のせいで足止めしちゃったね」
「そうじゃないって。霊力を使い切ったんだろうから、ゆっくり休まないと」
「うん……ありがとう、洛竹」
また洛竹に助けてもらっちゃったな。洛竹は本当に優しい。私が気に病まないように、気を使ってくれてる。
「じゃあ、早く追いかけないとだよね」
「だから、お前はまだ体調が万全じゃ……」
「ううん」
私は立ち上がって、しゃっきりと直立してみせた。
「ほら。もう大丈夫! すっかり元気」
「……みたいだな」
力こぶを作る真似をしてみせると、洛竹は吹き出すように笑った。
倒れるときに身体から抜けていった力が、今は完全に漲っているかんじ。充電満タンだ。たっぷり寝たぶん、しっかり回復できたみたい。
「あの子猫ちゃん、無限っていう怖い人に捕まっちゃってるんだよね? だったら、早く助けにいかなきゃ!」
大きな樹がみしみしと音を立て、地面を揺るがして倒れる有様がまざまざと思い起こされた。あそこは、皆の、風息の大切な森なのに。それを、あんな風に壊してしまうなんて。
「わかった、わかった。今日はもう暗い。明日出発しよう」
洛竹はそういって逸る私をなだめると、風息にメールを送った。皆が携帯を使ってるの、ちょっと意外。どうやって手に入れたのか気になるけど、そこは妖精の力……でも難しそう。
風息、今どこにいるんだろう。何をしてるのかな。
風息に力を貸したとき、何かが抜き取られていくのを感じた。今、それが元通り身体の中にあるのを感じられる。たぶんこれが、私の“術”。これを使えば、きっと風息のところにすぐに飛んでいける。そう思えた。
翌朝、朝食を食べ終わったあと、洛竹が風息とどこで落ち合うか打ち合わせをして、旅立つ準備を始めた。
「洛竹」
「ん?」
「手を貸して」
「なんだ?」
素直に差し出された洛竹の手を握って、目を閉じる。呼吸を整えて、身体の中の霊力を巡らせる。
細く息を吐いて、目的地を心に思い描く。
――風息のそばに。
「行くよ!」
「えっ!?」
足の下で身体を支えていた地面の感覚が一瞬なくなる。ふわりと掬い上げられるような、内臓ごと掴まれて引っ張られるような、なんとも言えない感覚が一瞬で過ぎて行って、目を開けたときには廃工場はなくなっていた。
「……ここは?!」
驚いた洛竹が繋いだ手に力を込める。見たところ、森の中だ。でも、あの島の雰囲気とは少し違って、ここは木が生い茂っていて薄暗い。
「ナマエ!」
後ろから私を呼ぶ声に、なんだか懐かしさを感じてしまった。
「風息!」
私達は風息に向き直った。
「ちゃんと来れたよ!」
風息はまじまじと私を見つめて、「早すぎる」と呟いた。
「なあ、これが転送術?! どうなってんだ? ナマエ、ここに来たことあるのか?」
「そうだよ。ないけど、知ってる人のところへなら飛べるみたい」
「はぁー、便利だなぁ」
「洛竹、ナマエの面倒を見てくれて助かった。ナマエ、もう身体は大丈夫か」
「うん!」
風息が気に掛けてくれるだけで嬉しくて、私は飛び跳ねるようにして頷く。そこには、風息以外にも虚淮、天虎、阿赫、葉子と、皆が揃っていた。
「二人とも、ちょうどいいところに来てくれた。これから、小黒を取り戻しに行く」
風息は表情を引き締めて、そのための作戦を説明してくれた。無限は館に向かうために地下鉄に乗る。阿赫と葉子が無限から小黒を引き離す。そのまま電車に乗って風息たちに合流できるのが最善だけれど、相手の無限は相当手ごわいらしく、追いかけて来た場合戦うことになる可能性があるらしい。
「だから、ナマエはここに残ってくれ」
「でも」
私の力だったら、小黒を取り戻すのは難しくないと思う。でも、風息は真面目な表情で私を見つめ、諭した。
「まだお前の力は不安定だ。その力に頼って、お前を危険に晒す可能性が無視できない以上、それはしたくない」
そういってふと表情を緩めるので、ちょっとずるいな、と思う。
「無限に対処するために準備もしたんだ。心配するな」
「うん……」
「大丈夫だよ。ちゃんと小黒を助けられたら、改めて紹介するからさ。待っててな」
洛竹は私の頭を撫でて、安心させるようににかりと笑うと、連絡手段として携帯を私に貸してくれた。
風息にはもう私の力を預けてある。これ以上、できることはきっとない。悔しいけど。
「みんな、気を付けてね!」
洛竹の携帯を握り締めながら、私は皆の背中を見送った。
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