05故郷は遠くなりにけり



「漢字だらけだな……」
「ナマエ、きょろきょろしてるとはぐれるぞ」
 通りに並ぶ看板は、どこを見ても漢字ばかり。それも知ってる漢字に知らない漢字が混じってる。やっぱり日本じゃないんだな。
 洛竹に声を掛けられて、慌てて駆け寄る。でもやっぱり周りの風景が興味深くて、きょろきょろするのはやめられない。道行く人の会話も耳慣れなくて、不思議な感じ。
「洛竹!」
 しばらく行くと、店の前にフードを被った男の子が待っていて、洛竹の名前を呼んだ。
「阿赫! 待たせたな。この子がナマエだ」
「はじめまして、ナマエです」
「どうも」
 阿赫はそれだけ言うと、すぐに私から視線をそらしてしまった。あんまり歓迎されてないかも……。
 洛竹と阿赫が並んで会話している後ろを、聞くともなしに聞きながら通りに並ぶ店を眺める。そういえば、どうして洛竹たちは日本語喋ってるんだろう? それとも、妖精の不思議な力で言葉が通じてるだけだったりして。疑問はとりあえず妖精だから、ということにしておく。深く考えてもわからないし。
「ナマエ、コンビニでいいか?」
「うん!」
 コンビニに行けるのはありがたい! 私は力強く頷いた。あいにく私が知っている店名ではなかったけれど、内装はどことなくコンビニっぽい。必要なものは歯ブラシと化粧水と……。久しぶりにパンも食べたい。お菓子もちょっとならいいかな? ぽいぽいと目に付いた必要なものをカゴに入れていたら、思ったより多い量になってしまった。これはさすがに欲張りすぎか……。
「まあ、それぐらいはいるだろ」
 減らそうかと考えているのを見抜いたのか、阿赫がそういって私からカゴを受け取り、さっさとレジに並んでしまった。
「いいのかなぁ」
「いいんだよ」
 独り言に答えがあったので振り返ると、洛竹が隣にいた。
「お前はうちで預かるって決めたんだから。遠慮すんな」
「そ、そう?」
 ありがたい言葉だけど、甘えすぎちゃいけないよね。
「帰れないってだけでも不安なのに、それ以外に心配事する必要ないさ。俺たちに頼れることは頼ればいい」
「洛竹ってどうしてそんなに優しいの……!?」
 なんだかあまりにも優しくされたので逆に不安になるくらいだった。
「えっ、普通だろ」
「普通じゃないよー。ありがとう!」
「それは風息に言えよな。お前の面倒みるって決めたのは風息だからさ」
「そっか。帰ったら改めて言おう」
「わざわざ言わなくてもいいと思うけどな。大げさだよ」
「言葉にするのは大切じゃない? なにより私の気が収まらないし!」
「それならまあ、いいんじゃないか」
「うん」
 清算を終えた阿赫と一緒に外に出て、お昼ご飯を食べることになった。
「ナマエ、なんか食べたいのあるか?」
「あ……あそこ!」
 見慣れない看板に混じって、唯一わかった、Mの看板を指さす。
「ハンバーガー!」
 たっぷりミルクをいれたコーヒーに、ジューシーなお肉が挟まったふかふかのバンズ。揚げたてのポテトをトレイに乗せて、空いてる席を探す。
「ここでいいか」
 阿赫が三人分の席を見つけてくれて、そこに座って窓からの景色を見ると、学校帰りに寄ったことを思い出した。こんなふうに三人で、授業のことやテレビの話を暗くなるまでだらだらして。
 いつごろ帰れるかなぁ。やっぱり早めに帰りたいな。
 阿赫は洛竹よりも現代的な服を着ているから、本当に人間と区別がつかない。洛竹が妖精だって教えてくれなかったら、人間だと思ったままだったと思う。
「阿赫は街に住んでるの?」
「ああ。こんな風に人に紛れて暮らしてるやつ、結構いるよ」
「へえ、知らなかったなあ」
「バレないようにしてるからな」
「じゃあ、もしかしたら今までもすれ違ったことがあるのかもしれないんだ」
「そうかもな」
 話しかけてみると、阿赫はけっこうちゃんと受け答えしてくれた。不愛想そうに見えるのは、もともとの性格なのかも。洛竹が明るくて陽気だから、余計にそう感じたのかもしれない。
「ナマエはどの辺に住んでるんだ?」
「うーん、たぶん、この近くじゃないと思う……。たぶんだけど、海の向こう……?」
「海か。そんな遠くまで転送するのは普通は無理だな」
 阿赫はちょっとした転送術が使えるらしいのだけど、私が考えている距離はまず無理だと言った。
「じゃあ、どうやって私ここに来たんだろう……?」
「誰かに何かされたとか?」
「覚えてないんだよね。ここに来る直前のこと」
「誰かがってのはあり得るかもな。ただ目的がわからないが」
 阿赫が洛竹の推測に沿って考えを進める。
「確かに。私一人こんなところに飛ばされても、なんにもならないよね」
「あとは、考えられるのは巻き込まれた、だな。偶然海の向こうまで飛ばされた、ってなると、まあ迷惑な話だな」
「ほんとだよ!」
 笑い混じりにそう言われて、むっとした。もし本当に誰かの思惑に巻き込まれたんだったら、私はその人に怒る権利がある!
「でも、ナマエ自身が転送術使えたんだろ? 風息の話じゃ、結構な距離を移動したらしいじゃないか」
「う……。そうみたいなんだけど、本当に自分がやったことなのか自信ないんだよね……」
 洛竹に改めて言われても、やっぱりあの距離を私の力で瞬間移動したなんて信じられない。ただ、自分の力だとするなら、元の場所に帰れる確率がぐっと上がる。霊力とかいうものさえ溜まれば、また瞬間移動できるようになるってことなんだから。
「大丈夫だって。風息を信じろよ。霊力を貯めるにはコツがあるんだ。帰ったら修行しようぜ!」
「修行?」
 そんな少年漫画みたいな言葉が出てくるとは思わなかった。私にできるのかな。
 でも、洛竹が教えてくれるならできるかも。
「また必要なものがあれば呼び出してくれ。俺も力になるから」
 阿赫はそういってちょっと笑ってくれた。
 よーし、修行、頑張ってみますか!

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