12: Sin is whatever obscures the soul
巨大な塔の形をした要塞、ガスファロストを動かす魔導器は塔の頂点に設置されていた。
その傍に、バルボスは立っていた。傭兵団は、ここに集まっている分で最後だろう。
「性懲りもなく来たか、小僧!」
「待たせて悪いな」
バルボスの手には刃が回転する剣が握られていた。柄の部分に、水色の魔核が埋め込まれているのが視認できる。
「まさか、あれ」
「ああ、間違いない」
はるばるここまで捜し求めた水道魔導器だ。今まで下町の人々を潤してきたその魔核は、哀れにも性質の悪い術式を刻まれ、魔核泥棒の悪事に利用されている。
「分を弁えぬ馬鹿どもが」
カプワ・ノール、ダングレスト、そしてとうとう最後の砦、ガスファロストまで追い詰めた。自ら築いた要塞に立て籠り、ユニオンからも追放された彼にもはや逃げる道はない。
「大人しくお縄についてもらいましょうか」
「ふん。十年の月日を費やしたこの大楼閣ガスファロストがあれば、ワシの野望は潰えぬ!」
高らかに叫ぶと、バルボスは刀を頭上に掲げた。魔核が光を増し、回転する刃に稲妻が走る。
「……ダングレストごと吹き飛ぶがいいわ!」
それをまっすぐ振り下ろすと、ユーリ達に向けた。そのとき、セシリアは伏せろという声を聞いた気がした。突然、右側の隅から、不思議な光が放たれた。それが以前一度見たことがあるものだと、セシリアは気づく。
「なんだ!?」
光に影響を受けたようにバルボスの剣が明滅し、弾け飛んだ。
剣は根元から折れ、魔核の輝きも失われた。セシリアは光の発生源へ急いで目を向けたが、銀色の髪が一瞬見えたように思われただけだった。ユーリは剣の威力が失われたことを知ると、余裕の構えを取った。
「形勢逆転だな」
「賢しい知恵と魔導器で得る力などまがい物にすぎん……か」
バルボスは剣を投げ捨てると、自身の腰に下げていた大刀に取り替えた。
「所詮、最後に頼れるのは己の力のみだったな」
落ち着いた声音には、もう先ほどまでの熱に浮かされたような傲慢さは微塵もなかった。
「さあ、お前ら剣を取れ!」
張りの出た声に、レイヴンがあちゃーと顔を覆い、リタが開き直った馬鹿ほど扱いにくいものはないと首を振る。
「ホワイトホースに並ぶ兵、剛嵐のバルボスと呼ばれたワシの力と、ワシが作り上げた紅の絆傭兵団の力、とくと味わうがよい!」
冷静になったバルボスは強敵だった。巨大な力を持ち慢心していた先ほどまでは隙があったが、長年使い込んでいる太刀を振り切るその仕草に油断はない。古傷に塞がれた右目と最後に残された誇りを燃やす左目はドンに並ぶと豪語するだけの威圧感がある。
紅の絆傭兵団もその名を今とばかりに体言するように、隙のない連携した攻撃を繰り出してくる。
だが所詮は、ドンに成り代われなかった兵士の最後の足掻きだ。残り僅かだった傭兵らは次々と倒れ、バルボスを囲む者たちは一人また一人と減っていき、ついにはバルボス一人になった。
「天狼滅牙ぁ!」
防御が崩れた隙を突いて、ユーリのバーストアーツが叩き込まれる。バルボスは縁まで追いやられ、がくりと膝を着いた。
「……もう部下もいない」
剣を下げて、ユーリが静かに言い放つ。
「器が知れたな。分を弁えないバカはあんたってことだ」
「ぐっ……ハハハッ、なるほど、どうやらその様だ……」
深い傷を負ったバルボスは、どこか開き直ったようにそう言った。セシリアは今更に、彼とこうして刃を交えることになったことを惜しく思った。彼の太刀筋は豪快で、その一振りで全てを粉砕できそうな、爽快さを感じられた。初めは自分の目的を邪魔する輩をすぐにも葬ろうとした早急で乱暴なやり方だったが、ユーリと切り結ぶ内に戦いそのものを楽しみ始めた節があった。
彼もかつては、5大ギルドの一として、ドン・ホワイトホースの元帝国への対抗心を抱き、自立を掲げて駆け続けてきたのだろうに。
何が彼をこの道に引きずり込んだのか。
何も彼を、止めることができなかったのか――。
「では、おとなしく……」
「これ以上、無様をさらすつもりはない」
バルボスはエステルにそう答えて、立ち上がるとユーリを見据えた。
「……お前は若い頃のドン・ホワイトホースに似ている……。そっくりだ」
「俺があんなじいさんになるってか。ぞっとしない話だな」
「ああ、貴様はいずれ世界に大きな敵を作る。あのドンのように。……そして世界に食い潰される」
荒い息を吐きながら、バルボスはにやりと笑った。
「悔やみ、嘆き、絶望した貴様がやってくるのを、先に地獄で待つとしよう」
ゆらり、とバルボスの身体が揺れる。セシリアが駆け出し、ユーリも続いた。だが、間に合わなかった。セシリアは手を伸ばしたが、ユーリに引き止められた。
縁へ駆け寄った二人の目の前で、バルボスは後ろ向きに屋上を飛び降り、緑色の霧の中へと消えていった。あの笑みを残し、左目は最後までユーリを見据えたまま。
「……そんな」
へたりとエステルが座り込んだ。
こうして、魔核を取り返す旅は目的を果たすことで終幕した。
大楼閣ガスファロストを後にして、ユーリは手の中の魔核を見下ろす。
「まったく、魔核が無事でよかったぜ」
さて、とカロルが仕切りなおした。
「魔導器も取り戻したし、これで一件落着だね」
「でも、バルボスを捕まえることができませんでした……」
「何言ってんの、あんな悪人、死んで……ふぎゃ!」
沈んだ様子で呟いたエステルに、魔導器泥棒を目の敵にしていたリタは軽口を叩こうとしたが、ユーリにどつかれて押し黙った。
「……あそこまで来たら、もう戻れなかったのかな」
セシリアは腕を組んで、霞む塔の頂上を見上げた。
「まだ一件落着には早いぜ。こいつがちゃんと動くかどうか、確認しないとな」
「魔導器の魔核はそんなに簡単に壊れないわよ」
「ふーん。そうなんだ。知ってた、レイヴン? ……あれ?」
カロルがレイヴンがいるはずの方を振り向くと、誰も居なかった。慌てて周囲を見渡したが、あの独特の色合いの襦袢は影も形もなかった。
「またあのおっさんは……本当に自分勝手ね」
「それをリタが言うんだ」
「人それぞれでいいんじゃない?」
「ダングレストに帰ったんだろ。会いたきゃ会えるさ」
ユーリはふと、セシリアと同じように塔を見上げ、俯く。
「……地獄で待ってる、か。やなこと言うぜ」
バルボスの捨て台詞だ。彼の言葉は、やけに重く現実味を帯びて、心に圧し掛かってくる。セシリアはふと眉を寄せたが、目を瞑るとユーリの肩を少し強めに叩いた。
「ドンに似てるって言われて、調子乗るんじゃないわよ」
「はあ?」
「ユーリなんか、全っ然似てないわよ。足元にだって及ばないんだから」
「はいはい……」
ユーリはセシリアの怒った顔を見て、苦笑する。ふと思いついて、右手を上げた。セシリアもすぐに笑顔になって、右手を打ち合わせる。快い音が響いた。
カロルはぱっと駆け出して、全員を振り返る。
「ほらほら、いいかげん、ダングレストに戻ろうよ」
「そうですね。フレンにバルボスのこと、報告しないと」
少し後ろに佇んでいたジュディスは、違う方向に足を向けた。
「じゃあ、私はここでお別れね」
「相棒のとこ戻るのか?」
「相棒? 誰です、それ?」
「ここからは別行動。お互いの行動に干渉はなしね」
ジュディスは謎のような笑みを浮かべた。
「そっか。じゃあな」
「ええ……」
「ジュディス、気をつけて」
「ありがとう。……あなたも、相棒と仲良くね」
「え?」
ジュディスはちらりとユーリを見ると、セシリアに微笑んで優雅に立ち去って行った。
ジュディスを見送って、セシリアはユーリを振り返る。ユーリは目で行こうぜ、と促してカロルたちを追いかけた。
魔導器を取り戻し、黒幕も捕まえた。これで一つの、やけに大きな厄介ごとは収束した。
これからは、どうするのか。まずはダングレストに戻って、ギルドの立ち上げを打診してみようかと、セシリアは崩れた楼閣から、思いを移していった。
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