09: His goose was cooked

「ドン・ホワイトホースね」
 改めて、ギルドユニオン本部の前に立ち、ユーリはぽつりと漏らした。
「ユニオンのトップ張るだけのことはあったな。すげえ迫力だったよ」
「けど、話が通じる人で私は安心しました。知りもしない私たちが会っても、相手にしてもらえないかなって思ってました」
「そこが、ドンのすごいところなんだよ! もう本当にドンはすごいんだから!」
「なんであんたがそんなに自慢するのよ」
「ね! セシリア!」
 カロルはリタの突っ込みも聞こえないようで、興奮した様子でセシリアを振り返る。リタの調査に同行した先のケーブ・モックでドンと直々に言葉を交わしたときの感覚がまだ尾を引いているようだ。そのときに彼と約束を交わし、これから面通りが叶うというのだからなおさらだ。しかし、そんなカロルに対してセシリアの方は難しい顔をして本部を睨み上げている。
「緊張してんのか?」
 ユーリが揶揄するように言っても、セシリアは口を開こうともしなかった。思いつめたようにも見える。カロルがもう一度セシリアの名前を呼ぶと、セシリアは決心したように目を瞑り、踵で半回転してユニオン本部に背を向けてしまった。
「私、やっぱり行かない。ここで待ってる」
「ええ?」
「セシリア」
「でも」
 リタは訝しげに、カロルは驚いたように、エステルは躊躇うように、それぞれ声を発する。ユーリだけは仕方ない、とひっそり溜息を吐いた。
「それじゃ、俺たちだけで行こうぜ。カロル先生」
「あ、うん」
 カロルはセシリアをもう一度見上げたが、ユーリに促されて本部へ続く階段を登り始めた。
 セシリアは本部から少し離れたところに腰を下ろした。エステルの警護のため向かったケーブ・モックには、魔物の巣を一網打尽にしようと考えたドンと部下達もいた。
 世界中に点在するというエアルの源泉、エアルクレーネの暴走――これまた鉢合わせたデュークに言わせればそれはひずみであり、当然の理だそうだが――が収まると、魔物たちは大人しくなり、一斉に引き上げて行った。
 カロルはドンの前にあっても物怖じせず、エアルの暴走について説明していた。けれどセシリアは、会話をするどころか、何を言えばいいのかすらわからずに、真っ白な頭のまま片隅に突っ立っているしかできなかった。
 驚いたのはレイヴンのことだ――なぜか彼までも単身ケーブモックに現れて、森の奥まで同行したいと言い出した。その目的やどんなに皆が彼を胡散臭がったかは置いておくとして――レイヴンは天を射る矢<アルトスク>の一員であり、ドンと知り合いだったということが、セシリアにとっては衝撃だった。
 ドンとレイヴンのやりとりを見るにつけ、己の現状を振り返り、とてもとてもドンの前に出られるような人間じゃない――そう思った結果の、居残りだった。
 5大ギルドの一つ、紅の絆傭兵団の首領、バルボスの悪行を阻止し、水道魔導器を取り戻した暁には――今よりはもう少しまともに、ドンの前に立てる。そしていつかは5大ギルドに迫るような、巨大なギルドを築くのだ。
 そこにもしもユーリが居るなら、その目標を遂げられる日はぐんと近づくだろう。
 セシリアはそこまで想像して、それよりも、と思考を切り替えた。
 デュークと四度目の再会を果たせたことについてだ。彼が格好良く「もう二度と会わないだろう」とかそのような別れの言葉を吐いてから、十日程度しか経っていなかった。
彼は不思議な光を纏った剣を用い、暴走したエアルクレーネに満ちたエアルを拡散させてみせた。リタがえらくその剣に興味を示していたが、デュークは相変わらず言葉少なに立ち去ってしまった。
 どうやらたった一人で魔物だらけの森に入れるほど腕が立つらしいことはわかったが、相変わらず彼の目的は判然としない。今回は碌に話をする暇もなかった。
「デューク……。ダングレストに泊まってたりしないかな」
 前回別れたときにはもう会えないだろうという諦めの方が強かったから考えることを止めていたが、なんの悪戯かこうして再会できたのだ。彼が何をしているのか、どうやって生活しているのか、俄然聞いてみたくなった。
「セシリア! 大変だよ!」
 呼ばれて顔を上げれば、カロルを筆頭に皆が本部から飛び出してくるところだった。しかしその中にユーリはいない。
「カロル、どうしたの?」
「大変なんだ! ヨーデルからの文書が偽者で! フレンは見せしめに殺されちゃうって!」
「ええ?」
「落ち着きなさいよ、馬鹿」
 勢いのまま無茶苦茶なことを口走るカロルの頭をリタが殴って、エステルが代わりに今しがた起きた出来事を伝えた。それでもやはり興奮しているのでカロルよりはましな程度の説明だったが、セシリアは起きたことを大体把握した。
「で、ユーリは忘れ物をして中に戻ったってわけね」
「うん、僕たちはどうしよう?」
 カロルたちは素直に信じているようだが、忘れ物と言うのはつまり、牢屋に入れられたフレンの元へ行ったということだろう。セシリアは顔を顰めて髪を掻き揚げた。エステルの説明を整理してみると、ヨーデルは騎士団とギルドの協定を提案し、その旨を書いた証書をフレンに預けた。しかしその証書はどこかで違うものと摩り替えられ、「ドンの首を差し出せば、協定を結ぶ」というふざけたものが元首の手に渡ってしまった。
 こうなってしまっては――騎士団とギルドの衝突は、避けられない。
 結界魔導器を壊した赤目、魔導器を盗むバルボス、バルボスと繋がっていたラゴウ。彼らがこの一件に関わっていないと考える方が無理がある気がした。
「ワン!」
 ラピードが鋭い鳴き声を上げる。振り返ってみると、数人の男達が酒場に入っていくところだった。
「まさか、紅の絆傭兵団!?」
「いいタイミングで動いてくれたもんね」
 はん、とセシリアは笑って、行くわよ、と歩き出した。
「ちょっと待ってください、セシリア!」
 それを止めたのはエステルだ。
「ユーリがまだ来てません」
「ああ、あいつは……たぶん、しばらく戻ってこないわよ」
「え?」
「あ、ドンが……!」
 カロルが短く叫ぶと、皆も本部を振り返った。
「どけどけ! ドンがお通りだぞ!」
 見れば、ほとんどの人間が広場に集まり始めていた。通りを行くドンの隣には、レイヴンの姿もある。
「俺らを見下し侮辱した帝国クソ野郎どもに思い知らせてやろうじゃねぇか!」
 広場全体に轟くドンの声に、全員が呼応する。手に持った武器を振り上げて、物々しい雰囲気だ。
「戦争でもするつもり?」
「フレンが間に合わなければね」
「フレンって……でも、牢屋にいるはずじゃ」
「あいつなら今頃草原を駆け回ってるさ」
「ユーリ!」
 ドンに気を取られていたから、いつ彼がすぐ後ろに来たのか気づかなかった。セシリアは驚いて振り返る。てっきりフレンの身代わりに、牢屋に入っていると思っていた。
「なんだ、出てきたの」
「ああ。わざわざ戻るんじゃなかったぜ」
 おかげでドンにまで厄介事背負わされちまった、とぼやく。ドンはフレンに今回の黒幕探しを頼もうとしたらしいが、フレンは本物の証書を取り返しに行ってしまった。代わりにユーリに白羽の矢が立てられたということである。
「それなら丁度良いわ。敵さんはお待ちかねよ」
 セシリアはラピードが立っている酒場を親指で示した。ようやく本星の登場か、とユーリは目を細めて酒場を睨んだ。
「行きましょう」
 エステルの言葉に、全員が頷いた。
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