03: Will is the cause of woe.
宿屋の一室に収まって、それぞれが落ち着いた頃を見計らい、セシリアが頭を下げた。
「さっきはごめんなさい」
唐突の謝罪に、カロルはえっと目を見張り、エステルはおろおろと頭を上げるよう促した。ユーリとリタは落ち着いた様子でセシリアが上体を起こすのを待っていた。
セシリアは眉を下げて、続けた。
「部屋の中で剣を抜くなんて乱暴だったわ。あの髭面見たら頭に血が昇ってしまったの。本当にごめんなさい」
「そ、そんなの、わざわざ謝らなくていいよ!」
ぜんぜん気にしてないし、とカロルは笑って見せた。
エステルも「そうです。気持ち、わかります!」と力説してみせる。
「ラゴウの件は、ヨーデルの力でも追求できないから……皇族の人間として、とても悔しいです」
「そうだ。ヨーデルってあの金髪の子でしょう? もしかして……」
「皇族の……皇帝候補です」
エステルは少し口篭ってからそう答えた。やっぱり、とセシリアは呟いた。その皇族を船に乗せ、危うく溺死させるところだったラゴウが見逃されるというのだから、帝国の権力の分布が知れるというものである。
セシリアは額を押さえて重い溜息を吐き出した。
「ますます殴りたくなるわ……」
「先走りしないでよ、ね」
すかさずリタが釘を刺す。ユーリも口には出さなかったが何か言いたそうな目をしていた。セシリアは二人にわかってるよ、と肩を竦めて見せた。
「とりあえず、今の私達じゃどうにもできないってことだし、あの髭面のことは忘れておこう。それより、これからどうするの?」
「今日はもう遅いからな。明日朝イチで発つことにするか」
「賛成! 準備もあることだしね」
「じゃ、解散ってことで」
カロルが拳を挙げて、リタが寄りかかっていた壁から身を起こした。リタが部屋を出ようとすると、エステルが一緒に行きます、と言って揃って買い物に行った。カロルも武器を見てもらうと武器屋に向かった。
部屋にはセシリアとユーリが残った。ユーリは少し寝るかね、と言ってベッドに横になった。
セシリアは椅子に座ったままじっと壁の模様を見つめていたが、ふと口を開いた。
「ね、ユーリ」
「ん?」
「止めてくれてありがと」
ああ、と眠そうな声が返ってきた。
「いくらフレンとはいえ、騎士のまん前で事起こしちゃ言い逃れできねえからな。もしかしたら皇族の前で抜刀したとかで捕まるかもしれねえけど。そんときは庇いきれねえな」
「うっ……。……あーあ、つくづく馬鹿なことしたわ……」
「危険人物だな」
「もう。危険って言ったらあの髭面の方がよっぽどなのに」
未だに腸を煮え繰り返さなければならないなんて、理不尽な話だ。フレンは確かに現場を見たはずなのに、どうして追求できないのか。そもそも皇族を死にそうな目に合わせた張本人ではないか。
そんな話があっていいのか。
そんな話が通る世の中だからこそ、ラゴウは大きな顔をしているのだろう。
悔しい。
それは間違っていることだ。そのはずだ。それなのに。
「……なに、考えてるんだ?」
「別に、何も」
「あんまり考え込むなよ。もともと要領の少ない脳がパンクするぜ」
「うるさいわね……。あーあ。私もちょっと散歩してくる」
「おう」
セシリアはそう言って勢いよく立ち上がったが、ノブに手を掛けたところで立ち止まった。
「どうした?」
「やっぱ止めた」
は? と訝しげな目を向けてくるユーリを無視して、セシリアは一番端に置かれたベッドに飛び込んだ。
「私も寝るー」
「あっそ。おやすみ」
「おやすみー」
白い枕を抱えて壁のほうに顔を向け、丸まるようにして寝る体勢を取ったセシリアの背中を見て、ユーリは小さく笑みを浮かべた。
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