今日も空はよく晴れていた。低い位置に白い雲が棚引いている。風は穏やかで、太陽から受けた温もりをふんわりと花畑に伝えていた。
黄色い花々のうっとりするような香りに包まれながら、マイレはシートを広げ、籠からいそいそと皿やカップを取り出し、並べた。
カップに紅茶を注いでいると、さわさわと花が揺れた。そこから、赤い毛並みが覗く。
「来てくれたのね!」
マイレが気づくと、一匹のポケモンが花畑から顔を出した。鼻をひくつかせながら、のっそりとマイレの前に現れる。
「今日、いい天気だから一緒にお茶したいなと思って。見て、この前摘んだ花でジャムを作ったの!」
マイレは喋りながら彼をシートの上に招待して、籠からマラサダを取り出す。
「こっちはお母さんと一緒に作ったマラサダ!」
マラサダを目の前にすると、彼は微かに尻尾を揺らし、両手で受け取るとばくばくと平らげた。
「いっぱい作ったから、いっぱい食べてね」
マイレはにこにこしながら彼の食べっぷりを眺め、マラサダを次々と渡していく。籠が空になってようやく、彼は一息吐いた。
「美味しかった? どの味が好きだった? 辛いのとか、渋いのとか、色々試しに作ってみたんだけど」
「ガウ」
「大きいのがいい? そっか、あなたは口が大きいものね。あ、ねえ、あなたの名前が知りたくて、今調べてるんだけど、まだわからないの」
彼は腹がいっぱいになって眠くなったのか、欠伸をしてみせる。
「だから、よければ私が名前をつけてもいい?」
身を乗り出すマイレにほとんど無頓着に、彼は目を閉じてしまい、ごろんと仰向けになった。
「あのね、夜に出会ったから、クル、っていうのはどう? 真夜中って意味なんだけど」
彼は鼻を鳴らすだけだった。嫌がられているわけではないとマイレは受け取って、にっこり笑った。
「クル、改めてよろしくね! 私はマイレっていうの。ちょっと先にあるリリィタウンに住んでるんだ。あなたはどこから来たの? やっぱり洞窟の向こう? ねえ、クルが住んでいるところってどんなところなのかしら」
マイレは風にふわりと撫でられた髪を抑えて、空を見上げる。山の谷間に位置するこの花畑からは、青い空しか望めない。
「私、村を離れたことないから、想像もつかないな。きっと、たくさん私の知らないポケモンがいるのよね」
クルは心地よさげに深い呼吸を繰り返す。
マイレはその横顔をまじまじと見つめた。気持ちよさそうな寝顔だ。マイレはそっと、その横に寝転がる。
そして、声を潜めて話を続けた。
「友達がね、島巡りをしているの。この島を出て、他の島々にいるトレーナーやポケモンたちと戦うんだよ。私も……ククイ博士にポケモンをもらったら、島巡り、できるのかな……」
一緒に旅をしてくれるポケモンがいれば、行動範囲が広がるのは間違いなかった。
このリリィタウンとその周囲だけでも、マイレにとっては充分広い世界で、ハウオリシティに行くだけで大旅行だ。海の向こうのその先だなんて想像もつかない。
「ここにはお母さんも、お父さんも、ハラさんも、ククイ博士も、皆いるし……。この花畑も、海岸も、草むらもある。イワンコもツツケラもいるから……私には、それで充分だな」
目を閉じると、花の香りが増すようだった。
気がついたら寝入ってしまっていたようで、ふと、隣の気配が動いたような気がして目を覚ましたときには、もうクルの姿はどこにもなかった。