▼ 第七話 由縁
それから数日、胃が痛くなる思いでそのときが来るのを怯えて待っていたけれど、皆今まで通り俺を大地と呼び、マスコミが大挙してくることもなく、隊長に怒られることもなかった。
エックスが言った通り、苗字さんは秘密を誰にも漏らさなかった。
怪獣が暴れた跡地に手がかりが残っていないかと現地調査に出向くと、苗字さんがいた。
「そう構えないで。取材に来ただけよ」
「う……。取材って、なんのですか?」
「復興作業の進捗とかね。ここには二回怪獣が現れたでしょう? 途中までやりかけたのをまた壊されたんだから」
「そうか……。破壊されたあとのことも記事にするんですね」
「むしろそこがメインよ。実際に戦ってるところに居合わせることなんて普通ないもの。怪獣に襲われた人々がいかにして元の生活を取り戻し、次の災害に備えるか。その姿をずっと追ってるの」
「そう……でしたね」
「私の記事、読んでいてくれたの?」
「俺も、怪獣について知りたいと思ってましたから。なぜ怪獣たちは暴れるのか。もし理由があるなら、それを取り除けば戦う以外にも道はあるんじゃないかって。それを見つけたいんです」
「怪獣との共存」
「はい」
「共存……かなり難しいことではあるけれど、可能性はあるかもしれないわね」
「そうですよね!? 無理じゃないですよね!」
「ええ」
「俺も信じてるんです! 怪獣と戦わずにすむ未来はきっと来るって。いや、そんな世界にしてみせる!」
「いいわね。ところで、仕事は何時まで?」
「えっと、調べ終わったらラボに戻って資料作って報告書作って……」
「言い方を変えるわ。休憩時間があるならお茶でもいかが?」
「え?」
俺は苗字さんに誘われて、近くの店に入った。そこは怪獣被害を免れたところで、通常どおり営業しているということだった。
「通り一つを隔てただけで、天国と地獄。怪獣の気まぐれな足あとは誰の頭上に振り下ろされるか誰にもわからない。理不尽なものね」
苗字さんは窓の向こうに見える崩れた建物を眺めながら、アイスコーヒーを飲んだ。
「獣道―怪獣の行き先ですよね! 俺も考えたことあります。どうして怪獣はここを通ったんだろうって。彼らには、そこに住んでいる人間の事情なんて関係ない。好きなところに現れて、好きなように暴れる。中には、もともと怪獣のいる場所だったのに、人間があとからやってきて怪獣の住処を奪ってしまった結果、怪獣を怒らせてしまうこともある」
「そうね。因果応報ならわかりやすい」
「そうでない場合、は……?」
「……理不尽よね」
苗字さんは微笑した。
「それが私のルーツなの。子供の頃、怪獣が私の街を襲った。友だちの家が潰れ、学校が壊された。けれど、一つ通りを隔てた私の家は傷一つなく綺麗だった。怪獣はどうしてこちらに来なかったんだろう。それが知りたくて、ずっと」
「……そうだったんですか」
苗字さんがずっと怪獣を追っている理由を考えたことはなかった。
そんな風に考えて、今まであれだけ怪獣について調べていたんだ。俺とは全然理由が違う。
「もしかして、助かってしまって罪悪感を抱いてる……んですか?」
「それもあるかもしれないけれど、一番の理由はそれじゃないわね。ただ、どうして私ではなかったのか。それが知りたいの」
「どうして……俺じゃなかったのか。……俺、だったのか」
苗字さんはまっすぐに俺を見つめた。
俺はエクスデバイザーを見つめる。
「エックスは……俺と波長が合うって言ってました。だからユナイトできるって」
「波長……」
「俺、ずっと怪獣をスパークドールズする技術があればって、願ってました。それを叶えられる力を、エックスは与えてくれた」
「これは私だけの力ではない。大地だからできたんだ」
「エックス!」
じっと黙っていたエックスは、静かに訂正を挟んできた。苗字さんははっとして口を押さえる。驚いて声を上げそうになってしまったようだ。俺はエクスデバイザーを隠すかどうか迷ったが、エックスは勝手に苗字さんに話しかける。
「苗字。また会えて嬉しいよ」
「エックス……」
「君の話はとても興味深い。もっと聞かせてもらってもいいだろうか」
「……あなたがよければ、いくらでも。それから……私のことは、名前と呼んでください」
「わかった。名前」
また二人の間で勝手に話が進んでいく。どうしてエックスはこうも積極的なんだ。
「せっかくだけど、ごめん! もう時間だから行かないと、エックス」
「もうそんな時間か」
「ルイたちを待たせてるから……すみません名前さ……あっ」
「いいわ。名前で呼んでちょうだい」
エックスに釣られて名前を口走ってしまった俺に、苗字さんは愛想笑いをくれた。エックスに対してはあんなに光栄そうに伝えてたのに。
「大地、電話して。また会いましょう」
「えっ? ちょ、ちょっと」
苗字さん――名前さんは俺に名刺を渡すと、伝票を持って行ってしまった。俺はろくにさよならも言えず、名刺を持って佇む。
……名前、呼ばれちゃった。