▼ 05.Maintenance

「ええと、まずは……」
 黎斗さんにもらったマニュアルの一番初めの指示。
「手を、出してください」
 エグゼイドレベル1が右手をぱーにしてくれるので、その親指と、中指、小指の付け根にあるスイッチに、図解通り……つまり、すべてのスイッチを同時に押せるように、エグゼイドと指を組んで握るようにして触れる。
「失礼します」
「えっ!? な、なな、名前!? なんで手握るんだよ!?」
「ここにスイッチがあるんです」
「へっ、え、あ、スイッチ……?」
 エグゼイドは首を傾げ、左手を眺めてスイッチを探しているけれど、マニュアルには右手にしかないと書かれている。モードを切り替えるには、さらに操作を続けなくてはならないので、私はエグゼイドの右手を握ったまま、そのの胸元に取り付けられたコントローラーのボタンを叩いた。
「右手スイッチを押しながらABボタンを同時に押す、と」
「うわっ?」
 すると、空中にコントロールパネルが展開された。
 同時に、ぎゅっと右手に力が込められた。外そうと思っても、外れない。
「い、痛いです」
「ご、ごめん。なんか急に、動けなくなって」
「あ……そっか。デバックモードだから」
 エグゼイドは地面に足を投げ出して、私に右手を握られた体勢のまま固まってしまっている。操作中はスーツの動作が停止されるから変身者は動けない……と記載があったのに、今気づいた。
「先に言うべきでした」
「い、いや、大丈夫、大丈夫。俺の方こそ、手、離せなくて……」
「いえ! それは仕方ないですし……!」
 エグゼイドに左手を掴まれた状態だと少し不自由だけれど、なんとかしなきゃ。早く彼を解放してあげなくちゃいけないし。
 よし、と私はコントロールパネルに向き直った。
「今回のバトルで傷付いた箇所の修復と、エラーの修正、プログラムの最適化を行う、そうです」
「社長、最近ますます忙しいからさー。助手が欲しかったんだって。ポッピーがやるよー! って言ったんだけど」
 膝を曲げてしゃがみ、ポッピーは、やるよー! と言うときに片手を上げてジャンプし、立ち上がったと思うと「いや、君には患者の対応と、衛生省の仕事があるからね」と黎斗の物まねをしてから、かくんと肩を落としてしょげた。
「って言われちゃったの〜! だから、名前が来てくれて助かったよ〜!」
「ポッピー、意外と忙しいんだ……」
 エグゼイドは苦笑する。
「これがクリーンアップソフトで……あ、ちょっと破損がありますね」
「そんなのわかるの?」
「はい。マニュアルによるとこのグラフが……」
「へぇ〜」
 エグゼイドとポッピーがコントロールパネルを覗いてくるので、確認がてら説明をする。とてもわかりやすいUIだ。普段使っているスマホのように、直感的に操作できる。これなら私みたいな素人でも何をすればいいかわかりやすい。
「ん? この赤いのは?」
 ポッピーが画面をスクロールさせて、横に長く伸びたバーを指差した。
「その下に、青いバーもあるけど」
 エグゼイドにも言われ、私はマニュアルを確認する。
「……おかしいですね。記載がありません」
「まさか、書き忘れ? 社長に限って……ううん」
「あとで確認してみます」
 ひとまずマニュアル通りに操作を終えて、デバックモードから復旧させる。コントロールパネルが消えて、ぴくり、とエグゼイドの右手が動いた。指がぱっと開き、私の左手から離れる。
 エグゼイドはぴょんと飛び跳ねるように立ち上がると、肩を回した。
「おお、なんとなく身体が軽いような?」
「あなたの動きを記憶して、ギアの反応速度やエア出力が調整されたみたいなので」
 エグゼイドはその場で確かめるように何度か飛び跳ねると、宙返りをしてみせた。
「ほいっと! うん、いい感じだ。あんたもやってもらえよ、ブレイブ! ……あれ?」
 エグゼイドがきょろきょろと首を回す。ブレイブがいないことに今ようやく気がついたらしい。
「メンテナンスを始める前にいなくなっちゃいました」
「あっそうか、患者を保護してくれたんだったな」
「飛彩はあとでCRに呼び出すから大丈夫! 名前、他にも見て欲しいライダーがいるんだ。ついてきてくれる?」
 ポッピーに促され、私は首肯いた。
「残りのライダーは、スナイプとレーザー、ですね」
「そう! ほら、永夢は仕事戻って!」
 私達が離している間に変身を解いていた永夢くんの背中を、ポッピーがどんっと押す。
「うわぁ!」
 押された勢いで永夢は前につんのめった。
「大丈夫ですか!?」
「いてて……」
 名前が手を差し出すと、永夢は一瞬捕まろうとしてから、その手が砂だらけなことに気付いて慌てて手を引っ込めた。
「だっ、大丈夫! こけるのは、慣れてますから」
「慣れてるって……」
「そうそう! 心配いらないよ、名前」
「名前さん。今日はありがとうございました。これから……よろしくお願いします」
 控えめに微笑んで手を差し出す永夢くんに、なんだか奇妙な感じがする。
 変身して戦っていたときはもっと自信に溢れて、力強かったはずだ。
 いったいどっちが本当の永夢くんなのか……まだ、本当の永夢くんに挨拶できていないような、もどかしい感じ。
「よろしくお願いします」
 とりあえず握手に応じる。レベル1と違う、生身の感触。
「永夢くんって、変身してると雰囲気違うんですね」
「あー、変身するとっていうか」
 気になるのでさっそく聞いてみると、永夢くんは照れたように頭を掻いた。
「ゲームをするときは、なんかあんな感じになっちゃって」
「エムはこう見えて、天才ゲーマーなんだよ!」
 じゃじゃーん! と両手を振ってポッピーが永夢くんを煽てる。
「天才ゲーマーでお医者さんで、仮面ライダー……」
 さっきまで戦っていたエグゼイドと、今目の前で控えめな笑みを浮かべている永夢くんが同一人物なんだ。
 その実感がじわじわと、いまさらながらに湧き上がってくる。
 悪いやつをやっつける、正義の味方ってことは、つまり。
「永夢くんは本物のヒーローなんですね……! あっ握手してください!」
「あ、握手? あ、ハイ」
 さっき交わしたことをすっかり忘れるくらい、私は興奮して永夢くんの手を握りしめた。
「がんばってください……!」
「あ、ありがとう……?」
 急変した私の態度に首を傾げていた永夢くんは、はっとして手を離した。
「いけない、仕事に戻らなきゃ」
「永夢〜! いってらっしゃいー!」
 ポッピーと一緒に、走って病院に戻る永夢を見送る。ハラハラしながらその足取りを見守っていたけれど、今度は転ぶことはなかった。
「戦いが終わったばかりなのに、大変だね」
「仮面ライダー少ないからね〜」
「あ、ポッピーは戻らなくていいの?」
「ポッピーは今日は名前専属なの! さあ、次行くよ!」
「次……別のライダーのところ?」
「そう! 居場所がわかってるのは一人だから、とりあえずそっちー! 廃病院に、レッツゴー!」
 不穏な言葉を口にしたポッピーに引きずられて、私は考える暇も、悩む暇もなく、次のライダーに会う羽目になった。

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