▼ 04.Tutorial
「お前は下がっていろ、研修医」
バグスター反応のある公園へ辿り着いたら、そこにはお医者さんがいた。スーツの上から永夢くんのように白衣を着ている。彼の両脇に控えたナースが、彼にゲーマドライバーとガシャットを渡す。まるで手術に取り掛かる外科医のように厳粛な雰囲気の中、彼は変身した。
「術式レベル1。切除手術を開始する」
資料によれば、青い仮面ライダーはブレイブ、クエストゲーマーレベル1。使っているガシャットはRPGのタドルクエストガシャット。ここへ向かう途中、ポッピーがエグゼイド以外の仮面ライダーについて教えてくれたんだけど……えっと、変身者はなんて名前だっけ?
「待ってください、僕も戦います!」
下がっていろ、と言われて黙っている永夢くんではないみたい。すぐさま変身したけれど、ブレイブはすでに患者の元へ向かっていた。患者……その女の人は、地面の上に蹲っていた。苦しそうに喘いでいて、そこへ向かうエグゼイドとブレイブに、救急車を呼んだほうがいいんじゃないか、と声を掛けたくなる。
「これから起こること、よく見ててね」
「明日那」
明日那にぐっと肩を抱かれ、私は倒れ込まずに済んだ。けれど、悲鳴は押さえられなかった。
だって、蹲っていた女性の身体から、ボコボコしたオレンジ色のグロテスクな何かが膨れ上がり、飛び出してきたのだから。
「ああ明日那っ! ああああれやばいよ!?」
「あれがバグスターユニオン。まずはあれを患者から切り離さなきゃいけないの」
すっかり腰が抜けてしまった私は明日那に縋り付くことで辛うじて逃げ出そうとする衝動を押さえ込んだ。バグスターユニオンはエグゼイドに向かって突進した。危ない、と叫んだつもりだったけれど、声にならない。でも、私の警告なんて必要なかった。エグゼイドはバネのように高く飛び上がってバグスターの攻撃をかわした。
ポッピーに鈍くさいと言われた永夢くんとはまるで別人のように、その動きは軽やかで、隙がない。優勢なエグゼイドを見ていると安心感が生まれ、バグスターユニオンの様子を観察する余裕が出てきた。
レベル1の大きなボディスーツ……エントリーギアスーツには、分離パルス発生装置「パルスプリッター」が内蔵されている。攻撃と同時に分離パルスを叩きこんでバグスターユニオンを解体し、感染者と分離することができる……と、資料には書いてある。永夢くんともう一人のお医者さんは、今この分離作業をしている、んだと思う。
ブレイブは飛び跳ねるエグゼイドを無視しているように見えた。リヴァーサルシールド片手に、敵の懐へ飛び込んではパンチを叩き込んでいる。
「えっと、鏡飛彩……外科医で、聖都大学付属病院院長の息子、と」
「名前、ユニオンが分離するよ!」
「えっ!?」
ファイルから目を上げたときには、もうことが起こったあとだった。バグスターユニオンが消え、代わりに大量のバグスターが公園に現れた。
「な、なんでこんなにたくさん……!」
「患者の中で増殖してるの。さ、患者を助けに行くよ!」
「はいっ!?」
明日那はそのバグスターの群れに、躊躇わずに駆け寄っていく。その中心に患者が倒れているんだ。戦えない私達よりエグゼイドたちに任せれば、と見やると、彼らは第二段階に突入していた。
「レベルアップ! 大変身!」
「術式レベル2」
ボディスーツが外れ、その中から次なるライダーの姿が現れた。
「あれが、レベル2……!」
患者から分離したバグスターを完全に消滅させるための、攻撃に特化した姿。それがレベル2。
あの大きなボディスーツがなくなって、通常の頭身になったその姿で、それぞれの武器を手に、バグスターたちに切りかかっていく。
「明日那! 名前!」
エグゼイドたちの方へ向かったとばかり思っていたバグスターの一部が、私たちを見つけて襲い掛かってきた。エグゼイドの声がしたけれど、遠くて間に合わない。明日那が私を庇うようにバグスターの前に立ちはだかる。次に起こることを見たくなくて思わずぎゅっと目を瞑ったとき、大きな音がして、周囲が冷気に包まれた。あまりの寒さに驚いて目を開けると、バグスターたちが立ちすくんでいた。まるでだるまさんがころんだでもやっているみたいだ。ただ、彼らも好き好んで停止しているわけではない。彼らの全身が冷気で凍りついているのだ。ブレイブの手によって放たれた、超低温の冷気。
ブレイブはその手に持つ剣――ガシャコンソード、ブリザードエリミネーターから冷気を立ち昇らせながら、一歩前へ踏み出す。モードトランサーを押し、氷剣から炎剣フレイムエリミネーターへ変えて、振りかぶった。
今度は超高温の炎が凍りついたバグスターたちを吹き飛ばし、粉々に打ち砕いた。
「早く患者を連れて下がれ」
ブレイブは素っ気なく言うと、くるりと背を向けて別のバグスターを倒しに行ってしまった。私は明日那に引っ張られてなんとか起き上がり、走る。
患者は気を失っているだけのようだ。彼女の身体に腕を回そうとして、違和感に気付く。
「どうして……身体が透けてる……!?」
「バグスターが患者の身体を奪って実体化しようとしてるのよ。このままだと、彼女は消滅してしまう」
「……そんな」
死、という言葉よりも曖昧で、だからこそより恐怖を掻き立てる単語だった。肉体も、記憶も、その思いも、すべてがこの世から消え去ってしまう。それが消滅。それがどれほど恐ろしいことか、想像を絶する。
「そうならないように、彼らが戦ってるの」
明日那の視線を追って、二人の仮面ライダーを見上げる。バグスターはもうほとんど残っていなかった。五体が四体、四体が二体。そして、最後の一体が、二人の放った強力な技によって倒される。バグスターがいなくなった代わりに、腕の中の重みとぬくもりが戻ってきた。穏やかになった患者の呼吸を聞いて、ほっとする。嬉しくなって明日那を見上げると、明日那も微笑み返してくれた。
「名前、明日那!」
エグゼイドが駆け寄ってくるので、手を振って応えた。
「エグゼイド! 患者さん、もう大丈夫だよ!」
「よかった。間に合ったな」
「ふん。当然だ」
エグゼイドの少し後ろに立つブレイブは、そう言って変身を解こうとした。それを見て、明日那が突然立ち上がる。
「あっ、待って! 二人共、レベル1になって!」
「もうバグスターは倒したぞ」
「違うよブレイブ、メンテナンスだ」
エグゼイドはベルトのレバーを引いてレベル1に戻った。メンテナンス。私はぎゅ、と手を握り締める。ファイルは患者の元へいくのに邪魔だったから公園の入口に置いたままだ。
「名前。大丈夫。やり方は簡単だから」
「うん。……じゃあ、エグゼイド。ちょっと待ってて」
私がファイルを取りに戻ろうとしたとき、ブレイブが変身を解除した。仮面ライダーのスーツを脱いだ彼は永夢くんと同じくらいの、とても綺麗な顔の男の人だった。
ポッピーが止める前に、ブレイブ――鏡飛彩さんは、柳眉を顰めて私を見た。
「俺には必要ない。患者は俺が預かる」
鏡さんの指示で、二人のナースが私の手から患者を抱き上げた。
「あの、鏡さん」
立ち去ろうとする鏡さんを、迷いながらも引き止めた。
「さっきは助けてもらって……ありがとうございました」
襲ってきたバグスターを止めてくれたのはこの人だ。鏡さんは足を止めると、訝しげに私の顔を見て、短く言った。
「あんた、誰だ」
「あっ、ごめんなさい。紹介が遅れました。名前といいます」
一呼吸置いて、意を決して続けた。
「CRで、仮面ライダーのメンテナンスを請け負うことになりました……檀黎斗社長の、助手、名前です!」
僅かに目を見開いた鏡さんに気後れしないよう、背筋を伸ばしながら、言い切った。
ゲーム病に掛かってしまった人が消滅してしまうなんて、いやだ。
もし、私がそれを阻止する一助になれるなら。
檀黎斗さんが――それを私に望むなら。
やり通したいと、そう決めた。