▼ 03.Level 1
「じゃあ、変身するね……」
ちょっと離れてて、とお兄さんはガシャットを片手に持つと、私を後ろに下がらせた。
あの後。
一通りの説明をしてくれた黎斗さんは、もう時間がないからと申し訳なさそうに言って、急いで会社へ戻ってしまった。黎斗さんは続きをお兄さんとポッピーに任せ、私に何かあったらすぐ連絡をするようにと端末を貸してくれた(黎斗さんはくれると言っていたけれど、もらう理由がないので社用携帯として受け取っておくことにする)。
私は黎斗さんが渡してくれたもうひとつのもの――資料が綴じられたファイルを手に、お兄さんを見守った。
お兄さんはピンクと黄緑の蛍光色で塗られたベルトを装着する。
顔を上げた瞬間、彼の雰囲気が、がらっと変わった。
さっきまでは優しそうな、どちらかといえば気弱そうな表情をしていたのに、今はなんていうか、怖いものなし、って感じだ。
「変身」
ガシャットをくるりと回転させ、ベルトに差し込む。すると、次の瞬間にはお兄さんが消えて、代わりにあのずんぐりむっくりが現れた。
……よし。わかった。わかりました。
この目で見てしまったからには信じるしかない。トリックも何も見当たらない。どういう理屈かはいくら考えてもわからないから追求しないことにして、とにかく目の前の事実だけを受け入れよう。
「永夢くんが仮面ライダーエグゼイド……なんですね」
手元の資料と、実際の姿を見比べ確認しながら声に出してみる。
「そっ! 俺、宝生永夢がこのベルト、ゲーマドライバーとマイティアクションXガシャットで変身した姿、アクションゲーマーレベル1だぜ!」
彼、話し方も変わってる。あの気弱なお兄さんが、最初に出会ったずんぐりむっくり改め、仮面ライダーエグゼイドなのだった。
「バグスターを患者から切除するための姿。バグスターウイルスに駆除プログラムを流し込んで、患者を救う、と……」
「ゲーム病を治療するための武器だ!」
白いボディスーツの構造を確認しようとしたら、エグゼイドは身軽にジャンプしたり、ポーズをとったりしはじめて落ち着かない。
「ゲーム病、ですか」
黎斗さんから説明を受けたものの、本当にそんなものあるの? と言いたい気持ちでいっぱいだった。
頭の中を整理するため、声に出してみる。
「未知のゲームウイルス、バグスター。それに対抗するために幻夢コーポレーションが開発したのがゲーマドライバーとガシャットで、それを使えるのが永夢くん」
「そう! オッケー! そういうことっ!」
ポッピーがぴょんっと跳ねて私の首に飛びついてきた。
「なんだか大掛かりだなぁ」
ゲームウイルスっていうくらいだから、普通の治療法なんかないっていうところまではわかるけれど、そのためにこんなとんでもない方法を思いつくなんて。
黎斗さん、素敵だけど実は変な人なのかなぁ。
資料を読みながら唸っている私に、エグゼイドは腰に手を当て、とんとんと床をつま先で叩く。
「まぁ、気持ちはわかるよ。俺もポッピーに説明されたときはなんだそれ、ってなったからな。でも、すぐに俺がやらなきゃいけないことだってわかったんだ。だってこの目で見たからな」
「この目で」
確かに、どんなに信じられない現実でも、こうして目の前で完璧に変身されてしまったら、受け入れるしかない。
それにしても、こうしてじっくり見てみると、仮面ライダーって意外と可愛いフォルムをしている。今流行りのゆるキャラっぽい。頭身が低くて手足が短くて、全体的に丸っこくて。動きがちまちましていて……かわいい。
「じゃあ、あなたもバグスターを見れば……」
ポッピーが喋りかけたとき、アラームが部屋に鳴り響いた。
エグゼイドの姿に和みかけていた精神がやにわに緊張する。
「大変、永夢! 噂をすれば!」
「バグスター反応だ!」
ポッピーと永夢くんが顔を見合わせたので、私も気がついた。
もしかしてこれが、さっき説明された、電脳救命センターが行うべき仕事ってこと?
「よーし、行くよ!」
「は、はいっ!」
ポッピーに手を捕まれ、考える暇もなく頷く。しかしそこでまた現実離れした出来事が起きた。私の手を掴んだはずのポッピーはポッピーではなく、ごく普通のナース服に身を包んだ看護師さんだった。
「ポッピーだと目立っちゃうでしょ? この姿のときは明日那って呼んでね」
目を白黒させるしかない私に、ポッピー、ううん、明日那はウインクをしてみせた。
永夢くんは一旦変身を解いて、バグスターの位置を確認すると「行こう!」と待ちきれない様子で飛び出していった。