▼ 01.I trust you

「やっほー! 助手さん! ポッピーピポパポだよっ! よろしくぅー!」
 次に私を出迎えたのはピンクの髪をしたポップな女の子だった。コキュクス以上に派手な衣装と、コキュクス以上に元気なテンション。
「どうも……。名前です」
「名前だね! 社長から聞いてるよっ。仮面ライダーたちのメンテナンス、よろしくねー!」
「ま、待って待って待って!」
 いえーいとハイタッチをしてそのままどこかへ立ち去ってしまおうとした彼女の腰に慌ててしがみつく。彼女は目を丸くして、何? と私を振り返る。
「私は何も聞いてないの! どうなってるの?」
「何もってぇ……。えっと。何が聞きたいの?」
 ポッピーピポパポが私と向き合ってくれただけで、少しほっとできた。とりあえず、コキュクスよりは話を聞いてくれそうだ。
「まずは……。そう、私のこと助手って言った? なんの助手なの?」
「ええーっ、ほんとに社長から何も聞いてないの? 困ったなぁ……」
 ポッピーピポパポは顎に手を当てて眉を顰める。不安になりながら彼女の二の句を待っていると、不意にぽんっ、と手を叩いた。
「じゃあ、直接説明してもらおう! 社長呼んでくるー!」
「ええっ、ちょっと、行かないでー!」
 ポッピーピポパポはくるくるっと回ると、たたたっと走り去ってしまった。取り残された私は、部屋の中を見回してみた。さっきの部屋のように壁は白いけれど、ちゃんと天井に電灯があり、影もある。部屋の中央にはベッドがあった。ただのベッドじゃない。なんだか大層な装置がついていて、モニターやコントロールパネルが見受けられる。何かの検査でもするみたいだ。
 そのときドアが開く音がして(コキュクスが私を押し込んだ木製のドアとは全く違う、青い自動ドアだ)、ポッピーピポパポが戻ってきたのかと思ったら、想像を絶するものが現れた。
「あれ? ポッピー? いないの?」
 白くて丸っこいそれは、部屋を見渡しながら言葉を発した。
 蛍光ピンクのつんつんした髪。オレンジ色の瞳に、白いアーマーを着たずんぐりむっくりなボディ。
 目を離せず、思わずじっと見ていたら、きょろきょろしていたそれとばっちり目が合ってしまった。
「あ」
 それは私を見つけたのが意外な様子で、戸惑いを見せた。
「ご、ごめん! ポッピーしかいないと思ってたから……えっと、ポッピー知らない?」
「さっき、出ていきました……」
 ポッピーというのは恐らくポッピーピポパポのことだろう。私がやっとの思いで答えると、ああ、そうか! とそれは大袈裟なリアクションを取った。
「入れ違っちゃったかー! サンキュ! あ、どこに行くとか言ってた?」
「たぶん、社長のところに……」
「じゃあ、上かな。ポッピーがCRに来るように言ったのに……待ってたほうがいいかな。また入れ違いになっちゃったら困るし」
 最後の方はほとんど独り言だった。ぶつぶつと呟いて、あ、と思い出したように私を見る。
「社長の助手ってあんただよな? 俺は永夢っ……わぁっ!?」
 くるっと振り返ってずんずんこちらに向かってくると思ったら、それは足をもつれさせて転んだ。ただ転んだだけでなく、それが伸し掛かってきて、私まで巻き込まれる。
 床に倒れ込んだ条件反射で痛い、と思ったけれど、意外と痛みは少なかった。ずんぐりむっくりが私の下に腕を入れて、庇ってくれていた。接触している白いアーマーは見た目と違ってなんだか柔らかく、触り心地がいい素材だった。
「永夢ー! 名前ーっ、社長連れてきたよ〜……ってあれ?」
 ドアが開く音がして、ポッピーピポパポの明るい声が聞こえた。
「名前、いない? ちょっと永夢、何寝てるの!」
「寝てない〜! 寝てないよ!」
 ずんぐりむっくりはバタバタと短い手足を動かして、これまた意外な機敏さで私の上からどいた。
「ごめん、助手さん! 怪我はない?」
 圧迫感が消えて、ふうと息を吐く。ずんぐりむっくりとポッピーピポパポと、見知らぬ男性が床に寝転んだままの私を覗き込んでいた。
 そのうちの男性が私に手を伸ばし、私に捕まらせると、引っ張り上げ、背中を支えて起き上がらせてくれた。
 一連の動作の優しさと、整った顔立ちに目を奪われる。
 男性は私の目を覗き込んで私の意識を彼に向けさせると、微笑んだ。
「初めまして、名前さん。私が幻夢コーポレーション社長の、檀黎斗です」
 あんまり素敵な所作で、頭がぽうっとなった。非現実的な出来事の連続で、この人の存在こそ一番現実感がない。
「名前……?」
 ポッピーピポパポに心配されて、初めて我に返る。
「あ、だ、大丈夫です!」
 まだ手を握られたままだったことに気付いて慌てて立ち上がり、大丈夫だと軽くジャンプしてみせる。黎斗さんがちょっと笑ったので、変な反応をしてしまったことに気付いて恥ずかしくなった。
「説明が前後してしまってすみませんでした。私が君を助手として雇ったんです」
「あなたが私の雇用主……」
 それだけでなんだかすべてを納得できてしまいそうな檀黎斗さんの笑顔だった。
「彼は大学付属病院の研修医であり、仮面ライダーエグゼイドである宝生永夢くんです。君の仕事は、彼ら仮面ライダーのメンテナンスだ」
 待って。やっぱり理解できない。
 いくら黎斗さんのいい声と甘いマスクで説明されても、その単語の意味は不明だ。
 ずんぐりむっくりが研修医で、仮面ライダーエグゼイドで、宝生永夢?
「仮面ライダー……って、なんですか?」
 恐る恐る訊ねると、ポッピーピポパポとずんぐりむっくり改め永夢くんが顔を見合わせた。
 不安でいっぱいの私に、黎斗さんは優しく微笑んでくれるのだった。
「安心してください。きちんと説明しますよ。しかし、立ち話もなんですから、二階で紅茶でも飲みながら、お話しましょう」
 どうぞこちらへ、と促す姿も様になっている。
「よろしくお願いします。黎斗さん」
 何がどうなっているのかまったくさっぱりわからないけれど。
 私はこの人を信じよう、と心に決めた。

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