▼ 00.Switch on
予約していたゲームを受け取りに行く友達に付き合い、大学からの帰りにショップに立ち寄った。
友達がレジに向かったので、私は店内を見ることにした。CDの棚を見てから、ゲームコーナーに行く。子供のころはよくゲームをしていたけれど、高校に入ってからは勉強や部活に忙しくなり、自然と遠のいていた。
棚に並んだタイトルを眺めていると、以前遊んだことのある作品の続編がたくさん出ていたりして、なんだか隔世の感を禁じ得ない。
そもそもハードがすっかり変わってしまっている。今持っているハードでは、この続編は遊べない。
学校生活にもなれて余裕が出てきたし、久しぶりにちょっとやろうかな、と思ったけれどまずは環境を整えるところから始めないといけないようだ。
どれを揃えればいいのかは友人が詳しいから、購入手続きが終わったら聞こうと思ったけれどまだ戻ってこない。手間取ってるのかな、と適当に目の前にあった周辺機器を取り上げた。最近のハードは性能だけではなく見た目もすっかり変わったらしい。基盤がむき出しになり、それと同じくらいのサイズの持ち手が付いている。桜色の本体部分に、カラフルでポップなフォントで文字が書かれていた。
「ドキドキろまんてぃくGX……?」
ドキろまといえば、恋愛シミュレーションゲーム……いわゆる乙女ゲームというジャンルを築いた偉大なる作品だ。四人の個性豊かな男子生徒と三年間の学園生活を送り、好感度を上げて、卒業式に告白をしてOKをもらいハッピーエンディングを迎えることを目的としたゲーム。無印をプレイした記憶が蘇ってきた。するとこれはソフトなのだろうか。しかしこんなに大きいものを差し込むハードとは一体どんな形なのか、と棚を探そうとしたとき、誤ってソフトのスイッチを押してしまった。
『ドキドキ! ろまんてぃーぃっく! GX!』
すると基盤部分が輝きだし、音声が流れだした。
「ええ!?」
店内に響き渡る大きすぎる音に驚き、まずい、と思った瞬間、異変が起こる。
ソフトが並んだ棚、白い壁、LED電灯が並ぶ天井に、光の筋が走った。現実の景色が電子的なグラフィックに書き換えられていく。
足元にぴりっと電気が走り、言葉にできない不思議な感覚が身体を駆け抜けていった。
そして私は――見知らぬ場所にいた。
「ようこそ、お嬢さん」
目の前にいたのは派手な衣装に身を包んだ少年だった。にこにこと愛想よく笑っているからなんとか逃げ出さずにすんだけれど、綺麗に整えられた髪の色は水色である。
「ボクはコキュクス。このゲームの案内役ってところ。プレイヤーの名前を教えてくれる?」
「あの……ごめんね。ここはどこなの?」
コキュクスと名乗った少年に訊ねてみる。ソフトが並べられていた棚はなくなり、四方を白い壁に囲まれている。ライトがどこに取り付けられているのかわからないけれど、部屋全体がぼんやりと明るく、影が薄くて存在感がない。
もしかして私、死んだの?
そう疑わしくなるくらい、現実感が遠のいていた。
「へんなソフトのスイッチを押しちゃって……それから私……」
「へんなソフトじゃなくて、ドキドキろまんてぃっくGXのガシャットだよ、お嬢さん」
「ガシャット?」
少年が手に持っているのは、確かに私がスイッチを押したあのソフトだった。
「お嬢さんはプレイヤーになったんだ。さあ、名前を教えて」
「プレイヤーって……なんの? 私……帰らなきゃ」
少年は変わらない笑顔で続ける。
「帰れないよ。ゲームはプレイして、クリアしなくっちゃ。ね?」
そこでようやく、私は恐怖を感じた。
わけのわからない現状と、話の通じそうもない少年と、二人っきりで閉じ込められた部屋には、ドアも、窓もない。
「私、ここから出られない、の……?」
自分の声が頼りなく響いて、消えていく。
少年は金色の瞳で、私を見つめた。
「名前を教えてよ、お嬢さん」
私はどうやら、押してはいけないものを押してしまったらしかった。
少年は小首を傾げ、私が答えるのを待っている。答えなければ、進まないみたい。私はごくりと唾を飲み込む。
覚悟を――決めなきゃ、いけないみたい。
「私は……」
帰りたい。そのために。
「名前」
自分の名前を告げた。
「名前さんだね! ようこそ、聖都大学附属病院へ! 君の力を必要としている人がいる。彼らを助けてあげて。大丈夫、君ならできるよ!」
「え? 病院?」
突然明るい声でそう告げた彼は、戸惑う私に構わず手を引っ張って、彼の背後にあったドアへ導いた。どう見ても彼の後ろに隠れるはずのない大きなドア。
さっきまでなかったはずなのに。
彼は私の背をやんわりと押しながら、ドアを開けた。
「さあ、最高のエンディングをその手で掴んでね――いってらっしゃい!」
「えっ、ええっ!?」
少年に押されるまま、ドアの向こうへつんのめるようにして飛び込み、転びそうになる私の後ろで、ドアが無情な音を立てて閉まった。