▼ 第四十三話 同調

「大地………」
 エックスは名前の無事を確認すると、今度は電脳空間へ潜り込んだ。
 大地と心を通わせ、ユナイトするための空間。大地の身体にユナイトするとき、大地の意志はここに深く押し込められた。
 そして、大地はそこからどう戻ってくればいいのかを知らない。
「大地! くっ、答えてくれ、大地!」
 エックスは必死で呼びかける。以前、大地が、名前が、エックスを呼んでくれたように。
 彼らの声が、電脳空間の中でバラバラに、霧のように薄く広がり、溶けてしまいそうだったエックスの意識を繋ぎ止めてくれた。
 今度は、エックスが大地を呼び戻す番だ。
「大地、頼む! 返事をしてくれ。すまない。こんな目に遭わせて。私のせいだ……私が君を」
 エックスは拳を握りしめ、俯く。虚しく自分の声が響き、消えていくのがあまりにもやるせない。こんなところに彼らは来てくれていたのかと、改めて思い知る。
 やはり、一刻も早く呼び戻さなければ。
 エックスは気合を入れ、叫ぶ。
「大地!」
 ふと、空間の奥から波が伝わり、揺らいだ。
 エックスの声の木霊ではない。
 エックスは何度も呼びかける。
「……勝手に、殺すなよ」
 次第に、その波ははっきりとした音になった。
 エックス以外の存在が、空間を震わせたのだ。
「大地!?」
 エックスがもう一度呼ぶと、今度はもっと近くに大地の存在を感じた。
「無事だったか! よかった……!」
「エックスも、名前さんのこと助けられたんだな」
「ああ。覚えているか……?」
 エックスは控えめに訊ねる。大地は首を振った。
「ううん。……でも、いいんだ。エックスの強い思いは感じたから」
「すまない。君を犠牲にしてしまうところだった」
 俯いてしまうエックスの肩に、大地の手が触れた。少しずつ、大地の輪郭が鮮明になっていく。表情がぼんやりと見え始めた。
「名前さんを救うためじゃないか。悔やむ必要なんてないよ。なんていうか……。安心した。エックスが、どんなに名前さんを想っているのか、初めて感じられたんだ。まるで、自分の心のように」
 大地は噛み締めるように胸元に手を当てる。エックスも同じように、カラータイマーへ自身の手を添えた。
「以前、君は言ったな。私の愛と、君たちの愛は違うと」
「ごめん! 俺、エックスのこと……。誤解してたみたい」
 大地はエックスが怒っているとでも思っているかのように、その顔色を伺う。エックスはなんだかおかしくなって、顔を綻ばせながら、首を振った。
「私こそ、あのときはああ言ったが……いざ、彼女の危険を目の前にして、理性的ではいられなかった。こんなにも激しい感情があったことを、私自身、驚いているよ。あのときは、考えるより先に身体が動いてしまった。彼女が傷つけられていると思ったら頭に血が昇ったかのように」
「それが、特別ってことだよ」
「特別……」
「名前さんはこの地球、ううん。この広い宇宙の中で、たったひとりしかいないんだ。彼女を失ってしまったら、もう二度と会えない」
 大地の切実な言葉に、エックスは力強く頷いた。
「その通りだ。今回、身を持って知ったよ。彼女を失う怖さを。改めて誓おう。必ず彼女を守り通すことを」
「俺たちの力で」
「ああ!」
 言った後で、少し照れたように大地は続ける。
「はは。なんか、名前さんのこと好きすぎだよな、俺たち」
「ふ……。そうだな」
 ようやく、顔を見合わせる。大地も、エックスも、すっかり通じ合っていた。
「俺たちは、一心同体だ。彼女のため……使命のために命を懸ける、同志だ!」
「ああ……!」
 元の姿を取り戻した大地は、拳を作り、エックスの方へ真っ直ぐに突き出す。エックスも左手を伸ばし、拳同士を突き合わせた。
 ぶつかり合ったところから火花のように光が散りばめられ、空間が開けていく。



 そして目を覚ました大空大地は、まず白い天井を見つけた。そして、自分の身体がベッドの中に横たわっているのを感じ、動かそうと考えたところで、何かが布団の上から伸し掛かってきた。
 誰が、と考える暇もなく、名前の泣き顔が視界いっぱいになる。
「大地……! 私の声が聴こえる? わかる?」
「……名前、さん」
 大丈夫ですよ、ばっちり見えてます、心配掛けてごめんなさい、泣かないでください。そう伝えたかったのだが、唇がかさかさに乾いていてうまく動かせなかった。そんな大地の様子に、名前は嗚咽を漏らして感極まり、大地に抱きついた。
 耳元で名前のしゃくりあげる声を聞き、シャマー星人に乗っ取られていたときとはまた別の、今まで知らなかった彼女の姿だ、と呑気なことをと怒られそうな感想を抱いていた。
「名前さん、俺は大丈夫です」
 なんとか声を出し、名前の背中をそっと撫でる。名前は何度も頷き、涙を拭いながら、大地の頬に触れ、その存在を確かめた。
「エックスが呼びに来てくれたんです。俺、どうやら電脳空間で迷って、帰れなくなっちゃってたらしくて……」
「そんな、電脳空間に?」
「あっ、でも、大丈夫ですよ。この通り帰ってこれたし! 遅くなってすみませんでした」
 青ざめた名前に、慌てて大地は腕を振り上げてみせる。
「アスナや、皆にも報告しなくちゃ! 名前さん、すみません。連絡お願いしてもいいですか?」
 話を逸らす大地に、名前は平静を取り戻そうとしながら、大地をベッドに押し戻した。
「報告なんてまだ考えなくていいわ。もう少し休んでいなさい。今、看護師を呼ぶから」
「でも」
 さんざん眠っていたので、身体を動かしたいと起き上がろうとした大地の頭を、名前はふわりと撫でる。予想外の行動に、大地は硬直した。
「だめ。休んで」
「……はい」
 名前が出ていったあと、そっと、自分の前髪を引っ張ってみる。一瞬触れただけだったのに、ふわふわとした手のひらの感触が消えず、心の奥底がじんわりと暖かくなった。


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