▼ 第三十二話 弱音

「大地、ちょっと手を貸してくれ」
 グルマン博士に呼ばれ、俺はゴモラのスパークドールズを元の位置に戻す。
「はーい。なんですか?」
「ああ手が足りんな。四本いる。名前も呼んできてくれ」
「え? あ、ハイ」
 まさかいやだとは言えない。なんでもない風を装って、デスクワークをしている名前さんを呼んだ。
「名前さん、グルマン博士が手伝ってくれって」
「今行くわ」
 倉庫の一件以来、名前さんとは普通に会話ができるようになった。表面上は。エクスデバイザーは暇を見つけては名前さんに貸していた。二人がどんな会話をしているのかは、二人だけのもの。
 極力聞かないことにしていた。
「うわ、なんですかこれ!?」
 グルマン博士の机の上を見て思わず叫んだ。壺をいくつも繋ぎ合わせたような摩訶不思議な器具が三メートルはある机の上から溢れ出しそうに置かれていて、それを博士が両手で抑えていた。
「この部分が固まるまで抑えておかなければならないんだ。大地、お前は左を、名前は右のここだ」
 博士が抑えているところを、代わりに支える。器具はほとんど完成していて、あとは接着剤が固まって定着するのを待つだけらしい。
「それまで抑えとかなきゃいけないんですか?」
「この接着部分が完全に透明になるまでだ。じゃ、私はおやつを食べてくるから、頼んだぞ」
「えっ、おやつってちょっ、ちょっと?!」
 グルマン博士は俺たちを残してうきうきしながら食堂へ行ってしまった。この分じゃ、二時間は帰らない。
「透明になるまでって、何分なんだろ……」
「まだ濁ってるわね」
「はい……」
 俺たちはじっとガラスとも何ともつかない物質でできた器具を黙って支えていた。
「……あ、光ってる」
 いくつかの壺の中に、螢のような光が明滅を初めた。見つめていると、光は赤から緑、青、紫、黄色と色を変える。
「……虹色」
 綺麗な色だった。
「何に使うんでしょうね。これ」
「さぁ……。でも、綺麗ね」
「はい」
 また、無言。
 隣にいる名前さんの息遣いが微かに聞こえる。
「……あ、エックス、スパークドールズのところに置きっぱなしだ」
「相変わらず、自覚が足りなわね」
「急に呼ばれたから、つい」
 横を見ると、笑っている名前さんと目が合った。
 俺はぱっと正面に顔を戻す。
「……名前さん」
「なに?」
「あの……。名前さん、俺……」
 エックスはいない。他の人も、いない。
 今、ラボには俺と名前さん二人だけ。
 言いたいことは、言わなきゃ伝わらない。
 言わなきゃ。
 でも、なんて言えば。
「俺は……心配なんです」
 名前さんはじっと俺の言葉を待っている。
「あいつは、宇宙人だ。どこか、銀河のずっと遠いところから来て、身体を失って、この地球に来た。だから……」
「いつか、帰ってしまう」
 名前さんが静かに続ける言葉を聞いて、息を呑む。
「かつて、たくさんのウルトラマンが人類の元に現れ、怪獣から――人類の及ばない脅威を退け、そして、帰っていった」
「名前さん……」
「……だけど、今はここにいてくれてる」
 そう言って、名前さんは微笑を浮かべる。それで十分だ、と言うように。
 それは寂しい笑顔だった。俺はそう感じた。
「それが心配だって言うんです」
「え?」
「名前さんは、強い。寂しさを隠して、平気だって顔してる。エックスにだって……そうだ」
「何言ってるの」
「そうでしょう。エックスとたった三日話せなかっただけで、あんなに辛そうだったんだ。俺、とって食われるかと思いました」
「そ、そんなにだった?」
 取り繕おうとする名前さんに、俺はしっかり頷いてやる。
 正直、怖かったです。
「だからって……どうしようもないじゃない。だったら私は今できることを大切にするわ」
「そう……。そうですよね。だから、そんなあなたから目が離せなくて、俺は……ずっと」
「大地?」
 俺はそれ以上は言わず、名前さんに笑い返した。
「もっとさ、言ってもいいと思うんです。不安なこととか」
「……言わない」
「名前さん」
「彼には言わない」
 名前さんは目を伏せ、ぱっと顔をあげるとからかうように続けた。
「だから、たまには聞いてくれる?」
 そう言って吹っ切れたように微笑んでくれた名前さんの表情。
 これが彼女のために俺にできることだって、そう思ったんだ。

 あのときビルの屋上で、確かに俺もあなたに出会った。
 でもあなたが見ていたのは、銀色の巨人。光を纏ったその姿。
 彼はあなたを見て何を思ったのだろう。それは俺にもわからない。
 でも、俺も彼も、あなたが好きになった。それは確かだ。
 俺は、あなたから目が離せなくなった。
 危険を危険と思わず突き進み、自分の信念を貫こうとする。
 弱さを見せず、いつも強気で。
 でも本当は、大好きな人に夢中で、不安を抱えた一人の女の人なんだ。
 彼には見せないあなたの姿を、代わりに俺が見てるから。
 あなたも、彼も、俺の特別。
 俺は別世界にいる二人を結ぶ特異点。
 なら、努めよう。あなたが笑顔になれるように。

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