▼ 第三十話 退院
「退院おめでとー! 名前さん!」
ルイとマモルから祝われて、名前は微笑んだ。
経過がよく、予定より早めにラボに戻れた。
「すぐに復帰できてよかったな」
「おかえりなさいっす!」
そう言ってからマモルは研究室を見渡し、首を傾げる。
「大地、まだ戻ってこないっすね。あいつが一番心配してたのに」
「隊長に呼ばれたんだ。しばらく掛かるだろう」
グルマン博士が答える。ルイは意味深な笑みを浮かべて名前の側に寄ってきた。
「ねえねえ、大くんとはどうなの〜?」
「ちょっ、ルイルイ!」
「大地と?」
「付き合ってるんでしょ? 二人って!」
マモルが慌てて止めようとするのを押しのけて興味津々な目を向けてくるルイに、名前は虚を突かれた。
「よく二人でデートしてるし。大くん、名前さんのことずっと見てるし」
ねーっと同意を求めるルイに、思わず頷くマモル。
「電話一つ掛けるのにもうきうきしてたし」
「うんうん! そわそわしてるの見てるとなんかキュンキュンって感じで、かわいいよね〜」
名前は二人の様子を見て初めて、端から見ればそういう関係に見えるのかと思い当たった。
思いもよらなかった。名前はつい笑ってしまう。
「違う違う。大地とはそんなんじゃないわ。まあ、確かによく一緒にはいるけれど」
「ええっ、違うの!? うっそー! じゃあ、大くんのかた」
「ルイルイーっ!! しーっ!」
「んん!?」
「おーい、お前たち、仕事、仕事」
見かねたグルマンが手を叩いて、無駄話を止めさせる。マモルが元気に返事をして、まだ話し足りないルイの背中をぐいぐい押す。名前は鞄を持って外へ出た。ドアを開けたら、ドアの外に立っていた人とぶつかりそうになった。
「あっ、すみません……って、大地」
大地は横を向いて、無言で一歩隣に移動し名前に道を譲った。その様子からして、ドアを空ける前からここにいたらしい。
大方中の会話が聞こえて来て、入るきっかけを見つけられず二の足でも踏んでいたのだろう。
「ずっとそんなところにいたの? 一緒に誤解を解いたらよかったのに」
二人に好奇の視線を向けられたら迷惑だろう、と思ってそう伝えたのだが、大地はやはり答えない。
「……大地?」
「……やです」
「え?」
何かを小声で呟いて、大地は名前の横を通り過ぎ、ラボに戻ろうとする。ドアを閉める前に足を止め、振り返らないまま付け加えた。
「退院……おめでとうございます」
ドアが閉まる。
大地の背中は拒絶を示しているようだった。