▼ 第十七話 平穏
「おはよう、エックス。大地」
待ち合わせの10分前にその場所に赴くと、すでに名前さんが待っていた。俺は待たせてしまったことに気付いて、小走りになる。
「すみません」
「私も今来たところよ。私服姿、新鮮だわ」
「え、ああ」
俺は頭を掻いて、改めて名前さんの全身を眺めた。
「いつもと違うな、名前」
エックスも、シンプルだけど清潔感があって、女性らしさが増している名前さんの様子に気付いたようだ。
「綺麗だ」
そして素直に褒めた。デリカシーなさそうなエックスが女性の服装を褒めることを知っていたとは思えない。本心なんだろう、と思ってしまった。それに嬉しそうにはにかむ名前さんを見れば、俺が何を言おうとお世辞にしかならなそうだった。
「じゃあ、……行きますか」
俺たちは電車に乗って目的地に向かった。呼び出しにいつでも応じられるようにはしているが、羽根を伸ばせる久しぶりの休日だ。車内では人目を気にしてか、エックスはほとんど無言だった。
「おお、バードンの精巧な模型だ!」
怪獣博物館に一歩踏み込むやいなや、俺は展示物に夢中になってしまった。名前さんは名前さんで、俺とは別のところで立ち止まってはずっと眺めてるから、お互いとても楽しんだと思う。
通路を一巡りして、名前さんがお茶にしようと提案し、俺たちは館内にあるカフェで一服することにした。
そこでも存分に怪獣の話に花を咲かせ、俺はエックスを置いて席を立った。お手洗いから戻ってくると、名前さんとエックスが談笑していた。なるほどあれなら通話しているだけに見えるから、問題なさそうだ。
「いい天気よ。見える?」
「ああ。空が青いな」
なんでもない会話だったけれど、なぜか切なさを覚えた。
「大地。そろそろ行く?」
その光景に見とれていたら、名前さんに気付かれてしまった。
「いや、あっ、そうだ。よかったら外、散歩しません? 庭園になってるみたいだし」
「いいわね」
俺は名前さんにエクスデバイザーを持たせたまま会計を済ませ、庭園に向かった。ゆっくり歩いても10分程度の、小さな庭だ。季節の花が咲いていて、家族連れや老夫婦がにこやかに鑑賞している。
俺はわざと名前さんの数歩前を歩いて、二人の会話を邪魔しないようにした。二人は、目に入った花や、花に飛んできた蝶や、仕事についてや、普段の様子なんかの、他愛もない――普通の男女が交わすにしてはちょっと味気ないかもしれない――談笑を楽しんでいた。
「またこうして出かけたいな」
「何も起こらなければね」
名前さんはエックスの誘いに曖昧に答えた。怪獣さえ大人しければ、俺たちの仕事も減る。そうなれば一番いいけれど。