▼ 別の宇宙で
※映画のネタバレあり
「ラッキーを今すぐ解放して!」
名前が必死にしがみついた制服は、握り締められた分の皺を作るだけで、揺ぎ無かった。
朝加圭一郎はその手を振り払うことはしなかったが、しかし、受け入れようともしなかった。
「悪いが、それはできない」
ドン・アルカゲを追いかけてワープゲートを飛び越え、降り立ったものの、仲間たちとはぐれてしまった名前とラッキーは、すぐにその星の住人と出会うことになったが、その出会いはアンラッキーだった。少なくとも、名前にとってはそうとしか思えなかった。ラッキーは”お巡りさん”はその星の救世主だと言っていたが、あろうことかその救世主は、ラッキーを逮捕し、手錠を掛け、投獄してしまったのだった。別の宇宙から、この宇宙の危機を救いに来たと言ってもまるで取り合ってくれない。この宇宙の文明は、名前たちの宇宙ほどに進んでいないようだった。
ラッキーが理不尽に晒されていることももちろんだが、名前には、こうしている間にもドン・アルカゲが悪さをしているのではないかという不安に常に脅かされて、居ても立っても居られない。
ドン・アルマゲが起こした悲劇を、もう二度と繰り返したくないだけなのに。
目に涙を溜める名前の表情を、苦々しく眉を顰めて、朝加圭一郎は見下ろす。頑ななその肩を包み込んだのは、大きくて優しい手だった。
「名前ちゃん、少し、落ち着いて。ほら、喉乾いただろう」
彼は陽川咲也といい、この星のお巡りさん――国際警察であり、朝加圭一郎の同僚だ。
オレンジジュースを差し出す柔らかな目元に、名前はスパーダのことを思い出した。彼女にとって、実の兄のように優しく接してくれる人であり、リベリオンの仲間だ。オレンジジュースを受け取ると、傍に控えていた高尾ノエルが椅子を引いてくれた。
そこに座り、ストローに口をつけると、ひんやりとした甘いジュースが喉を通り、気持ちを落ち着かせてくれた。
「ラッキーは悪いことしてないわ」
そして、改めて訴える。明神つかさは膝を折って、名前と視線を合わせた。
「私たちの大事な人たちが浚われてしまったんだ。彼が我々の行く手を阻まなければみすみす逃しはしなかった。彼の行動は、公務執行妨害といって、罪に問われる」
「ラッキーは道を尋ねただけよ」
名前は眉を顰めたまま、つかさのまっすぐな視線を睨み返した。
つかさは表情を崩さないまま、圭一郎を見上げる。圭一郎は背中で手を組み、背を向けた。
「でも、どうやって空から降ってきたんだい?」
咲也がふと疑問を投げて、行き詰っていた部屋の空気が僅かに揺れた。
名前はコップを握り締めて、見知らぬ四人を見渡す。彼らは、ラッキーがどれだけ訴えても、まるで聞き入れてくれなかった。どう説明すれば伝えられるだろう。ラッキーのこと、そして、この星に危機が迫っていることを。
名前は自分の両肩に責任がのしかかってくるのを感じながら、口を開いた。
まず、自分たちがいた星のこと、それから、そこがドン・アルマゲという悪に支配されていたこと。それを倒し、宇宙を救ったのがラッキーたち、伝説の救世主であること。最後に、どのドン・アルマゲが残していた影武者、ドン・アルカゲがこの宇宙にやってきてしまったこと。ラッキーが言っていたこととほぼ同じだが、詳細を加えることで、彼らも少しは耳を傾けてくれたようで、頭ごなしに否定されることはなかった。だが、やはりその表情は半信半疑といったところだ。名前のような子供の話では、大人は動かせないのか。名前は歯がゆさを抱えたまま俯くことしかできなかった。
「君の話を、すべて信じることは難しいが、とにかく、君の頼りはあの男だけなのだな」
つかさは名前に確認する。名前が頷くと、安心させるように笑みを浮かべて見せた。
「なら、彼が釈放されるまでは、君のことは私が責任を持つ。心配するな」
彼らが敵意を持ってラッキーを捕まえたわけではないことを、少しずつ名前も飲み込む。しかし、素直に差し出された手を受け入れることも難しかった。
「……いつ、釈放してくれるんですか?」
「すぐに、というわけにはいかない」
重々しく答える圭一郎に、名前は項垂れた。
この事態を変えたのは、鳳ツルギその人だった。彼は国連と話をつけ、ドン・アルカゲの脅威を伝え、ラッキーの身柄を保証した。ラッキーはすぐに解放され、元気な様子で名前に顔を見せた。
「悪かったな、名前! 一人にしちまったな」
そういって、頭をくしゃくしゃと撫でる。
「ごめんな、不安だったろ」
「だ、大丈夫だし……! 咲也さんも、つかささんも、優しかったもん」
名前は口ではそういいつつも、ラッキーの手で髪を乱されるのも悪い気はしなかった。
ただ、とちらりと圭一郎を見る。誤解があったことを誠実に詫びてはくれたものの、まだラッキーを完全には信用していない様子だった。その頑固な口元を、恨めしく見つめる。だが、ラッキー自身が無理に脱出せず、この星の正義を乱さないためにじっと待っていたのだから、名前がこれ以上文句を言うことはできない。彼も、この星の法を守ったまでのことなのだ。
異常なエネルギー反応を検知し、出動する国際警察と共に出てこうとするラッキーを、名前は見送った。
つかさがここで待っていてくれと言ってくれたので、ジム・カーターというロボットと共に彼らの帰りを待つことにした。ラッキーが解放されたことで少し気持ちが落ち着いた名前は、ジムに興味を持った。
「この星の文明って、遅れてると思ってたけど……」
「わあ、なんですか?!」
丸みを帯びたフォルムを、ぺたぺたと触っては、その挙動に感心する。
「案外、よくできてる……」
「や、やめてください〜、くすぐったいですよ〜!」
ラッキーたちが戻ってきたときには、はぐれていた仲間たちも戻ってきて、それは心強かったのだが、肝心のラッキーの大けがを見て、名前は心を痛めた。
「無茶をするからこうなるんだ。やめろと俺は言ったのに」
そんなラッキーの姿を見て、無責任だと圭一郎は起こる。名前に手当をされながら、しかしラッキーは必要なことだったんだと圭一郎に伝えた。それで力を使い果たしたようで、倒れるように眠り込んでしまう。名前はラッキーの呼吸が穏やかなことを確かめて、ほっと息を吐いた。この分なら、本人が言っていたとおり明日には復活できるだろう。
圭一郎は、ラッキーの作戦を信じてくれるようだ。
「無謀だが、馬鹿ではない……か」
「ラッキーはいつもそうなの」
眠る彼の表情を二人で眺めながら、名前は圭一郎に伝える。
「自分を信じて、仲間を信じて、そうすれば、まるで怖いものなんてないかのように、突き進んでいく。それが、彼の強さなんだ」
圭一郎は、そんな名前の笑みを見て、頷いた。
「君も、君の仲間も、彼を心から信頼している。それはよくわかった」
「よし、それじゃ、お二人もナポリタンをどうぞ!」
そこへタイミングよく皿を差し出したのはスパーダだ。
明日の決戦に備えて腹ごしらえを、ということで、たっぷりのナポリタンが用意されていた。すでにハミィたちは食べ始めていて、咲也はいっぱいに頬張って、うまい! とかき込んでいた。
「君がラッキーと一緒でよかったよ。逸れてる間、ずっと心配してたんだ」
給仕もひと段落したところで、スパーダが名前の顔を覗き込んだ。
「慣れない星で、いろいろ大変だったようだけど」
そういいながら、優しく名前の額にかかった前髪を耳に掛けてくれる。その笑みを見るだけで、名前は安心できるのだった。
「うん。でも、誤解があっただけで……。みんな、いいひとだったよ」
名前は改めて圭一郎、つかさ、咲也の顔を見る。
「そうだね。この星にも、いい”救世主”がいるってことだ」
そして、スパーダは彼が出会ったいい”怪盗”のことを話してくれた。名前が国際警察に保護されていた間、彼らはこの星の怪盗と一緒に、ギャングラーという怪人と戦っていた。
「ラッキーが作ってくれた弱点を生かして、明日は絶対、勝つよ」
「うん。この星を、宇宙を守ろうね」
食事がすむと、皆は明日に備えて引き上げることになった。それぞれ、国際警察が用意してくれた部屋に行く。名前にハミィが声を掛けた。
「私と名前は同じ部屋だって。つかささんが案内してくれるから、行こうか」
名前はソファに眠ったままのラッキーを振り返る。
「つかささん、私、彼に付き添ってます。起きた時に、きっとお腹を空かせてると思うから。すぐに用意できるように」
「そうか? じゃあ、何かあったらすぐに連絡してくれ」
つかさは連絡用の端末を貸してくれた。
「寝坊するようだったら、ちゃんと起こしてね!」
ハミィはいたずらっぽく言って、つかさに連れられて別室に移動していった。名前は窓から街の様子を見下ろした。まだ、ところどころ明かりがついている。こうして見ると、名前の故郷とあまり変わらないような気がする。もう二度と帰れない、あの星。
翌日、ラッキーが身じろぎをする音で名前も目が覚めた。
「ふぁ……よく寝たぁ」
ラッキーは大きなあくびをしながら腕を伸ばす。
「おはよう。体調はどう?」
名前も目をこすりながら、ラッキーの怪我を確認した。
「もう大丈夫だぜ! つーか腹減った!」
「そう思って、用意してあるよ。お兄ちゃんが作ったナポリタン、ほら」
それは一人分にしてはかなり多い量だったが、ラッキーは目を輝かせた。
「すぐあっためるからちょっと待って」
「いいよ! スパーダの料理は冷めてもうまい!」
「あ、もう。そんなに急いで食べなくても……。ほら、お水」
「んん! サンキュ!」
ナポリタンはあっという間になくなり、ラッキーは口元についたケチャップを拭うと、よし、と気合を入れた。
「それじゃ、行ってくるぜ。名前」
「行ってらっしゃい。絶対勝ってね」
「ああ! 運試しだ!」
拳を突き合わせると、ラッキーは飛び出していった。名前は、その背を見送り、連絡を待ちわびるのだった。きっともうすぐ他の皆も合流してくれるはずだ。
皆の力を合わせれば、勝てない敵なんていないのだから。