▼ ともし火

「ごめぇん! 遅くなった!」
 夜の夜中にインターホンが鳴るから急患かと思えば。
 今夜は残業で帰れないとひたすら謝り倒すメールを送ってきたやつが、息を切らして立っていた。
 まさか、会社から直行してきたのか。
「パーティ終わっちゃった!?」
「しねぇよ」
「ニコちゃん帰っちゃった!?」
「全員帰ったよ」
「だよね〜! はぁ……ケーキもう食べたよね?」
「……食ったよ。お前はなんか食ったのか」
「私はいいの! はいこれ!」
 名前は紙袋を押し付けてくる。洒落た瓶が一本と、小さなブーケ。
「誕生日おめでとう、大我」
 へら、と笑う名前に祝いの言葉を言われて、じん、と沁みた。

 リビングとして使っている部屋に明りを点ける。だいたい片付けたはずだったが、ニコの飾りつけがまだ一部残っていた。ニコに呼び出された永夢と飛彩、まではまだしも、ポッピーまで来てバースデーソングを歌い踊り始めるのはまいった。ただでさえ狭い部屋にぎゅうぎゅうに詰まって、ニコと一緒に騒ぐものだからご近所中に響き渡るのではないかと気が気ではなかった。患者がいなかったのは幸いだ。いや、もしいたとしたらそもそもこんな馬鹿騒ぎを許しはしなかったが。
 クッションを引っ張り出して名前を座らせ、グラスを取りに行く。ブーケは花瓶に刺して、テーブルに飾った。鮮やかな暖色系の花でまとめられたそれを置くだけで、温もりを感じた。
 冷蔵庫から残りの料理を持ち出す。といってもピザとケーキしか残っていない。
「食えよ」
「わー、お腹空いてたの。嬉しい」
 名前は小気味いい音を立ててボトルを開けると、二つのグラスに注ぐ。
「白。いいでしょ。ほんとは昨日のうちに飲みたかったんだけど」
「どうせお子様がいたからな」
「ふふ。乾杯」
 グラスを軽く合わせ、一口飲む。爽やかな甘みが広がった。
「これ、目付けてたんだよね。思ったとおり、美味しい! ねえ、パーティだいぶ盛り上がったみたいね?」
「さんざんだった」
 顔を顰めて見せると、名前は目に浮かぶ、と笑い転げる。
「はい、大我くんはおいくつになったんですか〜」
 拳をマイクのようにして聞いてきた名前の手を払う。
「お前と同じだろ」
「あーあー、私お姉さんだったのにぃ」
「束の間だったな、女王様」
「ふふふ」
 拳を開き、手をぺしぺしとはたいてくるので、動かないように押さえた。名前はその手を握り返すと、しばらく黙って握っていた。酒を飲みながら、名前の表情をただ眺める。眠そうだった。
「無理すんなよ」
「してないよ。ちゃんとお祝いしたかったんだもん」
「別に、電話だってあるだろ」
「直接言わなきゃ」
「明日、起きれんのか?」
「もちろん」
 自信満々な鼻をつまんでやろうと手を伸ばすと、避けられた。
「こんな風に祝われるの、久しぶりだ」
「子供の頃ぶり?」
「……そんなところだ」
「いいよね、こういうの」
「……ああ」
 このときばかりは素直に頷けた。
 一度は手放したぬくもりが今、手の中にある。
 明日の先には、確かに未来が繋がっている。
 いつか終わる、それは変わらない、だが、そう悲観したものでもない。……いや。
 名前。
 そんな言い方はないな。
 まだ、早いんじゃないか。
 完全に決着がついたわけじゃない。戦いはこれからも続いていく。
 簡単に決められるもんじゃない。それでも。
 今、言っておかないとだめだ。
 そう思えた。
「ずっと、考えてた」
 名前は俺の顔を見上げる。
「お前が、俺を……忘れずにいた、っていう、その意味を」
「意味?」
「それを、どう受け止めればいいのか……を、だな」
 名前はじっと言葉の続きを待っていた。
「正直に言えば、俺は何も約束してやれない。保証はない。いつ、どうなるかわからねえ身だ。だから……」
 一度は、遠ざけた。
 すべてから、身を引いた。
「それでも、……いてくれるか。ここに」
 手を握る力を緩めると、思わぬ力で引き寄せられた。
「いるじゃない。ずっと」
 力強い微笑と、温もり。
 ああ、だから、だめなんだ。俺は、こんなにも簡単に、寄りかかっちまう。
 お前の強さに。
「ずっと、だからね。私が保証する」
「……ああ。頼む」
「というか、実は私から言おうと思った」
「何を」
 つい動揺する。
「連れて行ってねって。これから先も。最後まで」
「……馬鹿。それじゃあ……あれみたいじゃねぇか」
 直接的な言葉はなしだ。
 物も、書類も、確かなものは、全部なしだ。
 ただこの手のぬくもりを、それだけを頼りにして、ただ今というひと時だけを照らす蝋燭の火を絶やさないように。
 お前と、歩んでいけたら。



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大我誕生日おめでとう〜

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