▼ 定期健診
その日、オリオン号船内は突然の来客にざわついていた。
「本部より定期健診に参りました。ドクター名前です」
彼女は好奇の視線を受けつつ礼儀正しく挨拶をした。
「もうそんな時期でしたね。司令……って、司令?」
ラプターが代表して彼女を受け入れつつ、さっきまでそこにいたはずのショウ・ロンポーを振り返ったが、椅子はもぬけの殻だった。
「あ、あれ? どこ行っちゃったんですか!?」
慌てるラプターに対して、名前は冷静だ。
「大方、注射を怖がってどこかに隠れているんでしょう。構いません。さて、一室お借りして、一人ひとり診察させていただきます」
彼女は真っ白なスーツケースを片手に、ラプターに案内され足跡の診察室を作りに行った。それを見送り、ラッキーたち、まだ診察を受けていないものたちが頭を寄せる。
「診察って、何するんだ?」
「司令が逃げ出すほどの注射って……何ガル?」
「二人とも、注射受けたことないの?」
小太郎のなんとも辛そうな表情を見て、ラッキーとガルは首を傾げる。
「あーっ、どうしよう、私順番最後でいいや! スパーダ、先に受けてきて!」
ハミィも去年のことを思い出したのか、顔を顰めるとスパーダの背中を押す。
それを見て、ラッキーとガルはますます眉を寄せた。
「いやいや、大丈夫だよ! 名前先生はうまいから。それに、必ず注射するわけじゃないし……」
小太郎やハミィに釣られて不安そうな顔をし始めた二人に、スパーダは笑顔を使ってリラックスさせようとする。その後ろから、ツルギが手を伸ばし、気楽に二人の肩をぽんと叩いた。
「病気になってないか、調べる大切な検査だ。お前ら、そう不安がるな。お前らも、無闇に脅かすんじゃないぞ」
「ごめんなさい……」
ツルギに言われて、小太郎とハミィはしょんぼりとする。
そこへラプターが顔を出した。
「ツルギさん、どうぞ」
「お。俺が一番か! やはり伝説だからな」
「長期のコールドスリープから目覚めた人なんて、先生も見るのは初めてだそうですから。少し時間が掛かるそうです」
「じゃ、お先だ」
「頑張って!」
「ゆっくりでいいから!」
小太郎やハミィに軽く手を上げて、ツルギは診察室のドアをノックした。
「どうぞ」
「頼むぜ、先生」
入りながら、ツルギは勢いよく上着の前を開くと脱ぎ捨てた。
「遠慮なく、診察してくれ。隅々までな」
「……そうさせてもらいますが、服を着てください」
じとっとした目で見られ、ツルギは目を丸くする。
「診察するんだろ?」
「そうですが脱ぐ必要はありません」
「何!?」
名前はツルギの上半身から目を反らし、2メートルほどの高さのある白い箱を示した。
「ここに立ってください。スキャンします」
「なんてこった! これが医療器具だったか。診察一つとっても進歩してるんだな」
「そういうことですので、服を着てください」
再三言われ、ツルギは医療器具の観察を止め、しぶしぶ上着を羽織り直す。
「ここに立って、顎はこの位置に。背筋を伸ばして」
名前はきびきびとツルギの立ち位置を示し、器具のスイッチを入れた。何も感じないままにスキャンは終わったらしく、ツルギは器具から離れていいと指示された。
「健康体ですね。コールドスリープの影響はほとんどないようです」
「そんなにすぐわかるもんなのか」
「ええ。何か気になることは?」
名前の問いかけが聞こえないようで、ツルギはじっと検査結果を確認している。
「ここの数値はなんだ?」
「はい、これは……」
「なるほど。ということは……」
彼の分析は専門的で、知識も深い。名前は内心舌を巻いた。
「詳しいんですね」
「は、俺様を誰だと思っている?」
ツルギは一通りデータを読み終えると、さて、と椅子に座りなおした。
「あとは何をするんだ?」
「私の診察では脱ぐ必要はまったくもってありません」
また上着に手をかけたツルギを名前はにこりと牽制する。ツルギはしぶしぶ手を膝に置いた。
「何か、ご自身で気になることはありますか」
「そうだな……」
ツルギは何点か、体調管理をする上で気をつけている点を上げ、名前はそれに答え、対処法や予防法を伝えた。
カルテを閉じ、名前はツルギに向き直る。
「では、診察は以上です。次の方を呼んできてもらえますか」
「ああ。だが、一つあんたに頼みがあるんだが」
「なんでしょう」
「診察、見学させてもらっていいか。現代医学について知っておきたい」
もともとは科学者であった彼の真剣な眼差しを見つめ返しながら、名前は考えるように沈黙する。
やがて結論が出たのだろう、小さく笑みを作った。それは心なしか、ビジネス的なお愛想よりは、少々柔らかくなっている。
「どうぞ、好きなだけご覧になってください」
「助かる。そうと決まれば次のやつ連れてくるからちょっと待ってろ!」
張り切って出て行ったツルギが戻ってくるまで少々時間が掛かった。しかも騒がしい。よくよく聞いてみれば、注射はいやだと叫んでいるらしい。究極の救世主も、怖いものはあるようだ。
名前はドアが開く前に軽く咳払いをして、表情を医者らしく改めた。