▼ 06.Reunion
「ついたぜ。生きてるかー?」
「はいぃ……。ちょっと……いや、きもちわる……」
へろへろとバイクから滑り落ちて、ベンチに寄りかかる。いつの間にか仮想ステージから飛び出し、病院からも抜け出して、知らない公園まで逃げ延びていた。
「うぅ……」
「ほれ、水」
「ありがとうございます……」
近くの自販機でミネラルウォーターを買ってくれ、背中を撫でてくれる貴利矢さんに感謝の念しかわかない。
いちおう、問答無用のお医者さんたちから救い出してくれたわけでもあるし。
「なんか、成り行きで連れまわしちゃってごめんな。あんた、あそこの患者、だよな?」
「はい……」
貴利矢さんはほうほうと頷きながらスコープで診断する。
「ふうん。確かに手術できるほどウイルス増えてないねぇ。けっこう自分もスピード出したんだけど」
「えっ、あれわざとだったんですか!?」
「これくらいじゃストレスも感じないか。いやぁ最近の子って豪胆ねぇ」
「吹っ飛ばされないように必死で捕まってたのに! 道理でやたら左右に振られたわけだ!」
ついいつものように突っ込みを入れてしまった私を、貴利矢さんはやり返すでもなく、しげしげと眺める。
「全然、驚かないのな」
「え?」
「いや、普通、人がバイクになったら驚かない?」
「あっ!」
いかにもしまった、という顔をしてしまった。
驚くとかそんな余裕なかった。ていうか知ってるし……。
「えっと……」
「まあ、自分もお嬢ちゃんのこと知ってるけど。名前ちゃん、だろ?」
「ええっ!? なんで知ってるんですか?!」
任せろよ、と貴利矢さんはどや顔をする。
まさか、と鼓動が速まる。
「幻夢コーポレーションに最近出入りしてるアルバイトさん。普段は大学生やってて、この間初のアプリゲームを開発し、公開。しかしその日に倒れ、CRに運ばれる、と」
貴利矢さんは自分のスマホにダウンロードされているドキろまGXのアイコンを証拠のようにつきつけた。
「ぷ、プレイ、されたんですか……」
「ん? ああ、チュートリアルだけ」
「ど、どうして、続けなかったんですか……?」
「そんな暇なかったし、ていうかゲームのアンケートはあとでいい?」
「す、すみません」
つい評価が気になって聞いてしまった。
そうだ、それより気にしなければならないこと。
どうして貴利矢さんは、私の名前を知ってるの?
「そうそう、もっと警戒心持たないとダメよ。今、あんたは得体の知れない男に連れ去られて、人気のないところで二人っきりなんだから」
「あ、そうですね。えっと、ありがとうございました」
「……あのねえ」
お礼をちゃんと言っていなかったことを思い出し、姿勢を改めると貴利矢さんはずっこけた。
そうそう、こんな感じ。だったよね。
「危機感持ってってば。心配だなぁ。のほほんとしすぎじゃない?」
「そうかも、しれないですけど……。でも、貴利矢さんは私のこと傷つけませんよね?」
脅されても、何をされる気もしないから警戒しようがない。
いや、バイクで振り回されたのは怖かったけど。
「……それ。なーんで知ってんのかな? 自分の名前」
「あ」
ぴし、と鼻先を指で刺されて、冷や汗が出た。
「あー、えっと、さっき花家さんが……」
「監察医、って呼んだよな? 鏡先生が」
「……そうでしたっけ?」
「そうそう! さ、自分は話したし、今度は名前ちゃんの番。それがフェアってもんでしょ」
肩をぽん、と両手でつかまれ、にっこりと、微笑まれる。
黎斗さんにはああ言われたし、実際、こんなことを言って信じてもらえるかわからないけど。
上手いこと言って誤魔化せる自信もない。
ごめんなさい、黎斗さん。
「……実は、ですね……」
ドキろまGXについて話している間、貴利矢さんは相槌を打つだけで、ほとんど質問は挟まず、聞き役に徹していた。
「……というわけです」
「……自分たちライダーのメンタル操作、ね……」
貴利矢さんは思った以上に深刻な表情でそれを受け止め、猜疑の篭った目で私を見た。
「もう一度確認だけど、それ、使う必要がなくなったってあの社長は言ったんだな?」
「はい。そうです」
「それで、本来の構想通り、アプリとして完成させたと」
「はい……」
「……なんで、お嬢ちゃんを」
貴利矢さんは私に視線を一瞬向けてから、眉間に皺を寄せて考え込んでしまった。
「その……貴利矢さんは、黎斗さんとお知り合いなんですよね?」
「ああ。まあ、そういうことになるな」
「黎斗さんから聞いたんですか? 私のこと……」
貴利矢さんは何か考えるようにして、なかなか答えてくれなかった。
「……そうそう。そーなんだよ。最近、有能な学生さんが入ったから将来有望で楽しみだって惚気られてねえ」
からっと笑った貴利矢さんの表情が、白々しかった。
「……うそっぽい」
「え!? どこが? マジで、期待掛けられてるって。自信持てよ。チュートリアル、めっちゃ面白そうだったし。ただ男相手に好感度上げろって言われてもなぁ……」
じっと貴利矢さんを見つめると、貴利矢さんは早口でいろいろ付け足していたが、やがてわかったからそんな目で見るな、と手を振った。
「個人的に調べてたんだよ。幻夢をな」
「え? どうして……」
当然のように訊ねようとする私を見越して、貴利矢さんがぐっと顔を近づけてくる。鼻先がぶつかりそうだった。
そのまま、自分の唇に人差し指を当てて、わかるよな、と目で訴える。
「内緒だぞ?」
どうして、と聞きたいのはやまやまだったけれど、この場は頷くほかなかった。
「……さて、お嬢ちゃんはどうする? CRに戻ったら鬼が二人待ち構えてるし」
ズボンのポケットに手を入れて立ち上がった貴利矢さんにつられてベンチから起き上がりつつ、途方に暮れる。
「黎斗さんに迷惑ばかり掛けられないし……あ」
そのときスマホが震えて、着信が入った。
「そうだ、永夢くん! はい、もしもし苗字です!」
『苗字さん! 今どこにいるの?!』
「公園です……えっと、場所は……」
「2番地。うみねこ公園」
「2番地のうみねこ公園です!」
『すぐに迎えに行くから! 今一人?』
「いえ」
「一人って言って」
「ひ、一人です」
『ほんとに? 危険なことはない?』
「大丈夫です! まったく安全です」
『……わかった。すぐ行くから! 絶対動かないでね!』
「はい! 待ってます……!」
ほっと息をついて通話を切る。
永夢くんの声って、なんでこんなにあったかくなるんだろう。
「彼氏来てくれるのね」
「彼氏じゃないです! 永夢くんは……医者で、ライダーなので」
からかう貴利矢さんに言い返す。
「じゃ、しょうがないし迎えが来るまでここで待ってよっか」
ベンチに座りなおした貴利矢さんに、思わず訊ねる。
「一緒にいてくれるんですか?」
「遠慮しないでよ。一人じゃ寂しいでしょ?」
「そうでもないですけど」
「そこははいって言うところでしょ」
「ふふ」
懐かしささえ感じるやり取りだった。
くすくす笑う私を、貴利矢さんは一歩引いて眺めている。観察しているような、視線。
「……ねえ」
「はい?」
「ゲーム中の自分って、どんなヤツだったの?」
「それは……」
どことなく真面目なトーンで聞かれて、なんとなく一拍置く。
「今と変わらない。ちゃらい人でした!」
「ちょっ、ちゃらいって何!?」
「ノリが軽いっていうか?」
「失礼だな、おい、甲斐甲斐しいお兄さんでしょ!」
「そういうところですよ!」
そんな貴利矢さんに、こうして会えて、話ができて、本当によかった。
黎斗さん、ゲームのこと話しちゃったけど、大丈夫ですよね。
貴利矢さんだって、ライダーなんだから。
ちゃんと話して、許してもらわなくちゃ。