▼ 05.drastic remedy

「どうしたの、この怪我!」
 CRで待っていた明日那が、私の頬を見て目を見開いた。その目は、後ろにいる花家さんに向けられる。
「大我……」
 花家さんは何も言わなかった。明日那は花家さんに詰め寄る。
「どうしてあなたが」
 緊迫した空気が流れる。
 明日那の表情は厳しい。まるで花家さんを責めてるようなその態度。
「待ってください、花家さんは、私を助けてくれたんです」
 誤解されているかもしれないと、私は慌てて事情を伝えようとする。
 そのとき、ドアが開いて医者が入ってきた。
 医者はぴたりと足を止めると、ひやりとするくらい鋭い視線で花家さんを見据えた。

「なぜ部外者がここにいる」

 ぴんと張り詰めた緊張感に、場が支配された。
 鏡、飛彩さん。
 鏡さん、その人だ。
 その美しい顔は今、彫像のように温度を失っている。
 一触即発。
 指一本動かせないくらい、凍りついた時間。
 花家さんと鏡さんは睨み合い……やがて、花家さんが挑発的な笑みを浮かべた。
「こいつに用があるんでな。カルテを見せろ」
「担当医でもない者に見せるものはない。出て行け」
「バグスターウイルス、ほとんど増えてねえんだろ」
 怯んだ鏡さんの制止を振り解き、花家さんは明日那からタブレットを奪うように取り上げ、そこに表示されていただろう私のデータを見た。
「やっぱりな……。これほどストレス耐性のある患者は初めて見る」
「それがどうした。彼女も実験台にでもするつもりか!」
 鏡さんは乱暴にタブレットを取り返す。花家さんは鏡さんをにらみ返した。
「悠長に待っているつもりはないんでな」
 そう言って、花家さんは私の右腕を掴んだ。完全に油断していたので、バランスを崩す。
「分離させられるだけのウイルスを育ててやる」
 にやりと口元を歪ませて私を見る目は、これっぽっちも笑っていなかった。
 さっきの、グラファイトの表情がふいに重なった。
「勝手なことをするな!」
 鏡さんは仮面ライダーブレイブに変身すると、剣を花家さんに振り下ろした。花家さんは私から手を離し、スナイプに変身する。
「ちょっと! やめて! 病室で戦わないで!」
 明日那が両腕を振り回しながら二人を叱り、私を庇ってくれる。
「やるなら外いきなさい、外……きゃ!?」
 そんな明日那をスナイプは突き飛ばし、私を抱え上げる。
「わぁっ!」
「彼女を放せ!」
 ブレイブの攻撃をかわして、スナイプはベルトを操作する。すると、辺りの景色が一変した。
「森……?」
 どこかヨーロッパをイメージした苔むした森の中に、白の舞台がしつらえられている。スナイプはその柱に隠れ、ブレイブを狙う。
「やめてください!」
 撃とうとする腕にしがみついて止めようとすると、振り払われた。その力は強すぎて、私は簡単に転んでしまった。
「った……」
 起き上がろうとして、その銃口が目の前に向けられていることに気づく。
「……え」
 スナイプは一歩、前に出る。
 私は後ずさろうとするけれど、上手く動けない。本気、なんだろうか。逃げなくちゃ、いけないんだろうか。
 さっき、私の頬を拭ってくれた花家さんの手つきを思い出す。
「どうして……ひゃっ!」
 バン、と破裂音がして耳のすぐ横を風が横切った。
 本気だ。
 私は身を翻して走り出す。
 バン、バン、とさらに銃声が重なる。背を向けるのはすごく怖いけれど、そうしなくちゃ走れない。
 すぐに息が上がる。
 身体が重くて、足が前に進まない。
 止まったらどうなるの?
 スナイプは、私を、どうするの?
 さっきは助けてくれたのに。
 どうして、こんな。
「恐れろ、逃げろ、脅えろ。それが完治への近道だ」
 笑いながら私を追い詰めるスナイプから、必死に逃げる。
 森へ入り、木と木の間を、枝を避けながら走る。枝の先端が肌を切る。痛いし、息苦しいし、怖い。
 立ち止まったらスナイプに捕まってしまう。
 捕まったら……私はどうなるんだろう。
 バグスターウイルスが増える。そうしたら、私の体からバグスターユニオンが生まれる。そうしてようやく、手術ができる……。
「でも、だからって、こんなの」
 どうしてウイルスが増えないのかぜんぜんわからない。
 自分の身体ながら、厄介すぎる。
「もう、むり……っ」
 息が上がる。足が重い。これ以上走れない。
「あっ……!」
 木の根につま先を引っ掛けた。地面が近づく。後ろからじゃなく、前から駆け寄ってくる人がいた。
「……っと。ぎりぎりセーフ」
 その人の膝に上半身を支えられ、衝撃が緩和される。鮮やかな南国の花柄が目に飛び込んできて、なんだか泣けてきた。
「貴利矢さん……」
「平気かよ、お嬢ちゃん」
「はい」
 貴利矢さんに腕をつかまれ、引っ張られながら立ち上がる。
 貴利矢さんは私の足元に張り付いた土や葉っぱを軽く払ってくれた。
「あらら、ちょっと擦りむいてるね」
「こんなの、全然」
 目元を拭って、笑ってみせる。貴利矢さんは不意に表情を厳しくさせて、私の背後を見た。
「少し強引すぎない? 乱暴な男は嫌われるぜ」
「そいつを返せ。俺が治療してやる」
「治療だと? 暴力だろう」
 スナイプの横合いから、ブレイブが現れた。
「また患者を消すつもりか!」
「……また……?」
 ブレイブの怒りがびりびりと空気を振るわせる。
 この二人には、私の知らない因縁があるんだ。
 花家さんが医師免許を失ってしまったことと、関係あるんだろうか。
「ふん。甘っちょろいお坊ちゃん。悠長にしてて手遅れになっても知らねえぜ」
「貴様の好きにはさせん!」
 ブレイブは問答無用にスナイプに切りかかった。
 二人を止めなきゃと思っていたら、貴利矢さんに腕をつかまれた。
「おっと。どこ行くの」
「どこって、このままやらせておいたら……!」
「あんたは助かるだろ? いまのうちだぜ」
 逃げるならさ、と貴利矢さんは変身した。
 レベル1じゃなく、バイクの姿だ。
「乗れよ。こんな森の中だって、駆け抜けてやるぜ」
「でも私、バイク乗ったことな……ひゃあ!」
 バイクが動き、私は跳ね上げられるようにして座席に跨った。
「ちゃんと捕まってな!」
「ひええ!」
「っ、待て! 監察医!」
 ブレイブが気づいた頃には、レーザーのエンジンは動き出していた。

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