▼ 影ぼうし
あなたがもういないと聞いてから、ずいぶん時間が経ったようです。確かにこの間、あなたからの便りはありませんでした。
仕事に打ち込むと平気で一週間もメールを返さないあなたのことです、多少の期間ならいままでだって音信不通になることはありました。人前では涼しい顔で振舞ってみせるけれど、実際は丸一日何も食べていないなんてよくあることで、いつか倒れるのじゃないかと心配する気持ちも失せるくらい、あなたは精力的に働いていました。
疲労が溜まっていたのでしょうか。
どうやら違うそうです。
彼の訃報を伝えてくれた人は医者でしたが、しかしその言葉は明瞭ではありませんでした。
「あなたは彼の……お知り合い、なんですか」
「学生時代からの、腐れ縁みたいなもので」
そんな言葉に、彼が不可解そうな、奇妙な表情をしたことを覚えています。彼はあなたに、腐れ縁、なんて言葉が一番しっくりくるような異性の友人がいることを、想像できなかったようなのです。
あなたの社長としての姿しか見ていないから……いいえ、あなたの本性を見てしまったから、余計に。
疑いたくなる気持ちもわからなくはないでしょう。客観的に見て、あなたがどういう人種か、ある程度は自覚していましたか?
彼は真実を知らない私をさも哀れむように、眉をひそめ、考え込み、口を閉ざしたままでした。
知らないならば、知らないままでいいのではないか。
知ったところで悲しみを深めることにしかならないのならば、いっそのこと何も伝えないことこそ救いなのではないか。
そのようなことを、逡巡したそうです。
それでも彼は、何も知らない私に教えてくれました。
聞いたところで、彼の思ったとおり私には理解しがたく、到底信じられるものではありませんでした。
ただ、彼はあまりに真剣で、悲痛で、信じるほかはありませんでした。
あなたが道半ばで、息絶えたことを。
私はあなたが作ったゲームをしたことはないし、やってみようと思った事はなかった。
けれどあなたがゲームについて活き活きと語る姿を見るのが好きで、その才能を遺憾なく発揮して世の人々を沸き立たせている様には素直に感服しました。
だからとても、残念です。
あなたが描いた夢が実現するのを、見たかった。
その日都内は季節はずれに、暑かった。
妙に強い日差しがアスファルトを焼いて、意識が朦朧とする。
熱風のせいで、視界までぼやけていたから、始めは見間違いだと思った。
思おうとした。
けれど、その姿かたちは疑いようもなかった。
彼、そのものだった。
「……名前?」
私が気づいたのとほぼ同時に、彼が私に気づいた。
確かにそれは彼だったけれど、しかしどこかが違っていた。
決定的に、違っていた。
眩い日差しに柳眉を寄せ、じっと私を伺うように見つめる視線には警戒心と、遠慮と、期待がない交ぜになっている。
彼が遠慮をちょっと押し退けて一歩、私の方へ近づいた。
「……久しぶりだな」
警戒心が薄らいで、期待と、懐かしさが微笑に浮かぶ。
「なんだ、幽霊でも見たような顔をして」
「……そんな顔をする日が来るとは思わなかったよ」
シニカルに笑ってみせると、彼は苦笑した。
「これは面白いものを見たな。これで地獄を信じる気になったかい?」
「暑さで脳がやられるとどんな幻影を見るのか、貴重なデータが取れたよ」
「私が幻に見えるか?」
彼は大げさに身振りをして、両手を広げる。触って確かめる気にも、頬を抓る気にもなれない。
悪い冗談だ。
酷い悪夢だ。
「名前。君が彼になんと教えられたのかは知らないが――」
「いや、こう聞いたよ」
私は彼に背を向ける。
白い日差しが私の背中に照りつけた。
白昼の夢の中、影はどこにも見当たらない。
「檀黎斗は死んだってさ」
私の名前を呼ぶまぼろしの声に振り向かず、私は歩き出す。
あなたが誰なのかについて、私には興味がない。
檀黎斗でないことは明白だ。
私の驚くべきセンチメンタルな心が縋っている思い出の欠片だろうが、超科学的な現象によって権限した限りなく彼に近い何者かであろうが――どうだっていい。
檀黎斗は、死んだのだ。
もうあなたと永劫に語らうことはないと私がようやく思い知ったとき、その言い表せぬ喪失感が私の魂にどんな打撃を与えたか、あなたは知る由もないでしょう。もとより人の機微に疎い人でした。人のことは言えませんが――
ようやく、この喪失感を抱えながら、うまく付き合っていく方法を覚えたんです。寂しい夜を紛らわすための酒の飲み方だって学びました。
幽霊でも会えたらなんて……思ったことはありません。
そんなロマンティックな感傷に浸れるほど、私はウェットな女ではありません。
そう、思っていたけれど。
案外、そこまで冷血漢ではなかったようです。
本当にあなたがそこに蘇ってくれたのなら――涙が溢れそうになったことは、秘密にしておきます。
それを知ったことで、もう遅いのですけれど。
そんな私をあなたが知ることは、永遠にないのですから。
残念です。