▼ 16.Experience point
「いやぁ、まさか名前ちゃんから誘ってもらえるとは。嬉しいねぇ」
いつも通りの貴利矢さんをかわしつつ、待ち合わせ場所から歩き出す。
「それで、用ってなんですか?」
「え? 名前ちゃんがデートしよって言ってくれたんじゃない」
「電話かけてきた、ご用件は、なんですか」
「釣れないなぁ」
貴利矢さんはサングラスを外して胸ポケットに入れながら、つまらない顔をしつつも答えてくれた。
「用ってほどでもないけど、最近どうなのかなぁって」
「バグスターの件ですね。資料、まとめてますよ」
私は直近で出現したバグスターと患者の容態、治療法をまとめた書類を差し出す。貴利矢さんはちょっと目を丸くしてから、苦笑いしつつそれを受け取った。
「……ありがと。助かるよ」
「別に、こういうサポートも仕事のうちなので……」
CRに出入りできない分、どうしても情報の共有が必要になってくる。黎斗さんからの指示だ。鏡さんや永夢くんも、自分がオペに立ち会えなかった場合にはこれを参照するから、地味に大事な作業だった。
「社長の指示で、か」
「はい。貴利矢さんのためなんかじゃないんですからね」
「その台詞はツンデレするときにだけ言って。本音で言われると痛いからやめて」
「なんで私の方がツンデレするんですか」
そういうのは攻略対象キャラの特権だ。
素直になれなくてかわいくないことを言っちゃう姿がかわいい――なんて、これをやればたいていの悪態は許されるんだから。
「キャラ的にツンデレしそうなのは……鏡さんとか?」
「ほお、名前ちゃんの前ではあのしかめっ面もデレたりするの?」
「まだそこまで好感度上げてないですね……」
あ、と思って口を塞ぐ。貴利矢さんの表情を伺うと、にやりと笑っていた。
いやな予感。
「それなら安心だ。この隙に自分が一気に距離つめさせてもらおうっと」
「貴利矢さんが一歩近づくなら私は三歩下がります」
肩に腕を回そうとしてきたのでさっと頭を下げ、後ろへ距離を開けた。
「む、思ったより俊敏だ」
「鈍いと思われてた!?」
空ぶった腕を名残惜しそうにポケットに入れながら、聞き捨てならないことを言う。
「あんまりつれなくすると自分の好感度もさすがに下がるよ名前ちゃん〜」
「うっ」
これはメタ台詞なのか、それとも冗談なのか!?
判断に困る!
泣きまねをされてはさすがに心苦しいので、すごすごと元の位置に戻る。
気持ち、距離を保ちつつ。
「じゃ、名人とはどうなのよ?」
「え? 永夢くんですか? どうとは」
「一番一緒にいるの、名人でしょ」
「そっ、そうなんですよ……!」
鏡さんは手術で忙しいし、花家さんと貴利矢さんとは会おうと思わなければ会えないから、必然的に一番一緒にいるのは永夢くんだった。それ以上に一緒にいるのはたぶんポッピーだけど。ポッピーにゲージはない。
「だからエグゼイドだけゲージが伸びてたんだ……」
「なんのパラメーター?」
「はっ」
私はまた口を塞ぐ。貴利矢さん相手に警戒は怠っていないつもりなのに、ついぽろっと危ないことを。
いけない、いけない。
「そ、そうですねぇ、永夢くんは熱心だからよくトレーニングしてるし、全体的にパラメーターの伸びは早いですねぇ!」
「へぇ、やっぱ経験値積んだら、それだけ強くなれるってわけねえ。……経験値を上げてレベルアップして強くなる。……ゲーム、ゲームなぁ」
どきっとしたけれど、貴利矢さんが見ているのは自身の爆走バイクガシャットだった。
ゲームのキャラクターに、わかるわけない。
ここがゲームの世界だ、なんて……。
「自分にも秘密の特訓してくんない?」
「いいですよ。いつがいいですか?」
「あっ、いいんだ」
「もちろんです。貴利矢さんが強くなれば、それだけ患者さんを救えるってことなんですから」
選択肢が出たけれど、迷うことはなかった。すぐに決めていた答えを選び、貴利矢さんに笑ってみせる。
「これも仕事のうち、って?」
「そういうことです」
「じゃ、またそのときに連絡するわ」
貴利矢さんが答えたとき、端末にメールが届いた。永夢くんからだ。
「終わりました。そろそろ戻っても大丈夫ですよ……って、わざわざ教えてくれたんだ。ありがとう、と」
「えー、もう帰っちゃうの、名前ちゃん」
「いえ、まだ」
「ほんと? よかった、これから君を連れて行きたい場所が……」
「花家さんのところにも寄らないといけないので」
「名前ちゃーん!」
大げさにリアクションをとってくれるので、つい笑ってしまった。
「一緒に行きます?」
さらに調子に乗ってボケると、貴利矢さんはジト目で私を見る。
そ、そんな目で見てもダメですよ。
デレませんからね!
「仕方ない。今日は引き下がるわ。次のデートの約束は取り付けたしな」
「あはは。それじゃあこれで」
「おう、気をつけてな」
貴利矢さんに見送られながら、花家さんのところへ向かう。
その途中で永夢くんから返事が来た。
花家さんのところに行くと伝えたから、心配になったらしい。一緒に行こうかと提案してくれた。
確かに、あんなことがあったから警戒するのもわかる。
ポストに投函してくるだけだから大丈夫、と返信する。
例の廃病院が見えてきたところで、電柱の影に身を隠し、辺りをうかがう。玄関から誰も出てこないことを用心深く確認し、足音を立てないようにそおっとそこへ近づく。よく見るとポストが見当たらない。しょうがないから置いていこう。
封筒を置いて足早にそこを離れる。
「おい」
びびりすぎて悲鳴も上げられずに私は立ちすくんだ。
なぜか目の前に花家さんがいた。
「せっかく来たんだ。お茶でも飲んでいけよ」
私は頷くしかなかった。