▼ 15.foreshadow
「名前、ごめんね〜、手伝ってもらっちゃって」
「ううん」
今日はこれから衛生省の人が来るからと、明日那にCRの掃除を頼まれた。机の上に出たままになっている書類を片付けて、棚の埃を払い、掃除機を掛ける。ドレミファビートの筐体回りもさっと乾拭きして、ぬいぐるみの位置を直した。
「……ん、こんなぬいぐるみ、いままであったっけ?」
丸くてピンク色をしたぬいぐるみを持ち上げ、首を傾げる。
確か、筐体の回りは何もなかったと思うんだけど。
永夢くんがクレーンゲームで取ってきたとかなのかな。そういうもの、仕事場に置いといたら衛生省の人の心象悪くなるかな……。
『コノ ゲーム ハ ミカン』
何か音が聞こえた気がして、明日那を振り返る。明日那は階段の掃除をして下に降りていった。筐体の電源は切ってあるし、他に音を立てるようなものはない。
「なんだろう……?」
気の所為だろうか。ぬいぐるみを元の位置に戻す。永夢くんが来たら誰の持ち物か聞いてみよう。
ふと、視線を感じる。
ぬいぐるみと目があったような気がした。
『センタク ノ サキ ハ ヤミ』
今度ははっきりと、声が聞こえた。
悲鳴が口から漏れ、ぬいぐるみを取り落とす。
「名前? どうしたのー?」
「なっ、ななななんでもっ!」
「はっ、まさか!」
しゅばーん! とポーズを取りながらポッピー、いや明日那が丸めた新聞紙を片手に二階へ戻ってきた。
「G滅ぶべし! どこに逃げたってやっつけてやるー!」
どこだどこだと探し回る明日那を勘違いだったと宥めて、筐体の上のぬいぐるみについて訊ねた。
「あ、あれ? マイティだ!」
「マイティ?」
「ほら、永夢が使ってるガシャットのゲーム。マイティアクションXのキャラクターだよ。社長が置いていったのかしら」
「そうなの……?」
明日那がぽい、とそれを持ち上げ、かわいい、と頭を撫でる。私は少し離れたところから様子を伺っていたけれど、もう何も喋らないようだった。触ったりしたら音声が流れるタイプのおもちゃじゃないんだろうか。触ったところ、スピーカーは入っていないようだったけど……。
蜜柑?
「さーてと、これでいいわ。あ。っと、忘れてた!」
突然明日那がポッピーのように声を上げて、くるっと一回転して私の腕を引っ張った。
「これこれ、見て!」
そしてドレミファビートの筐体のスイッチを入れた。
「ここからね〜、こうして、こうすると、ほら!」
「あっ、ライダーたちのステータス?」
四分割された画面には、四体のライダーと数値やゲージが表示された。
「社長が用意してくれたの。これでいつでも確認できるよ!」
「ありがとう、ポッピー! すっごく便利」
エグゼイドのページを捲って一通りの項目を確認する。ほぼリアルタイムに反映されているみたいだ。今、誰も変身状態じゃないことを示してある。皆いい状態。
そうだ、あの赤いゲージはどうだろうと思い立つ。メンテナンスのときに確認するだけで、その後選択肢を何度か選ぶ機会があったけど、どれくらい上がったかはわからない手探り状態だったんだ。
それを四人分並べて確認できるなんて、初めてのことだ。
ちゃんと均一になるようにしてきたつもりだけど……、と、四本のゲージの長さを見比べて、あからさまに飛び出ているものを発見した。
「なんでエグゼイドがこんなに!?」
「僕がどうかした?」
「わああ!」
反射的に電源を切る。後ろから覗き込んできた永夢くんの顔が暗くなったスクリーンに映り込んだ。
「今、仮面ライダーのパラメータ……」
「黎斗さんが用意してくれたの! いつでもモニタリングできるように! 皆絶好調!」
まくし立てるように言ってぐっと親指を立てる。永夢くんは私の勢いに飲まれ、よくわからないながらも笑みを作って親指を立ててみせてくれた。危ない危ない。
「永夢くんはどうしたの? メンテナンスは必要ないしバグスターも出てないし、テストプレイするまでもなく十分チューニングできてるよね」
さらに話しかけながら筐体から離れ、机に座るよう誘導する。永夢くんはちょっと困った顔をした。
「めっちゃ追い出されてる気が……。えっと……理由がなかったらだめかな」
「え?」
「僕も一応、CRのドクターなんだけど」
「あっ、そ、そうだよね! でも永夢くん本業はお医者さんなんだし、研修忙しいよね」
「うん。でも、そろそろ衛生省の人が来るから」
「あっ、そうだったね……。鏡さんも来るんだっけ」
「あと院長がね。名前さんも?」
「ううん。私はいいって。本当はライダー全員が集まったほうがいいのかもしれないけど、二人は正規に雇われてるわけじゃない……んだよね?」
貴利矢さんと花家さんは衛生省に直接雇われたわけじゃないらしい。うん、と永夢くんも複雑そうに言葉を濁した。
「でも、名前さんもここの一員なのに」
「私はどっちかというと……幻夢社員になる、のかな?」
社長に雇われてるわけだから、それでいいはず。契約に関して、ゲーム世界はアバウトだ。
「じゃあ、しばらく私は……」
外に出ていよう、と続ける前に電話が鳴った。
「はい? あ、自分さん? え、前もこのやりとりしましたっけ? 覚えてないな〜……。あ、今から暇ですか? よかった! すみませんがこれから会えませんか? はい、はい、じゃあそこで」
電話の相手は貴利矢さんだった。ちょうどいいタイミングだったので誘ってみたらすぐに了承してもらえて助かった。今のデートに誘う選択肢でちょっとは数値が上がっただろうか。
ゲージ伸ばさなきゃ。
「あ、あの」
「永夢くん、それじゃあ私出かけてくるね」
「だ、誰と」
「貴利矢さんと!」
「えっ!? 貴利矢さんと……ちょ、いつから、まさか二人はそういう……あっ、名前さん、まっ」
永夢くんに別れを告げ、急いで荷物をまとめてCRを飛び出した。