▼ 軋轢は残されたまま

「みんな、すぐ解毒方法調べるから……!」
 毒にやられて動けなくなってしまったみんなの症状を見て、照合するものがないか検索する。
 一人で飛び出してしまったチャンプはラッキーに任せるしかない。ラッキーがチャンプを連れ戻すまでに、私は解毒の方法を見つけるんだ。
 あの蠍の尻尾は惑星ニードルの出身者の身体的特徴らしい。ならその毒を中和する方法もきっとある。でも毒はお兄ちゃんたちだけじゃなくて、バランスにも効いてるみたい。いったいどんな毒なんだろう。ラプは神経毒の一種というところまでは突き止めてくれたけど……。
「名前は毒に詳しい人を探してください! 私は薬草方面で探しますから!」
「わかった!」
 ここから近い場所にいないか探すけれど、三十光年先の惑星がヒットした。それじゃ全然間に合わない!
「うーん……ブ、ラジャー! ちょっと違うか……かっこよくていいやすくてキャッチーな……ぶつぶつ」
「ショウ司令官! せめて静かにしてください!」
 独り言を言っている司令官に、ラプが切れた。
「あっ、これはどう? キラッ☆」
「静かに、し、て、ください!」
 ばーん、とラプがテーブルを叩いた。
 そのとき、お兄ちゃんがゆっくり顔を上げた。
「大丈夫?」
「ううん……ん、名前……」
 汗が引いて、少し顔色がよくなったお兄ちゃんは、はっきりと私を見た。朦朧としていた意識がしっかりしてきたようだ。
 それは他のみんなも一緒だった。各々椅子から立ち上がって、身体が自由に動くことを確かめていた。
「わぉ、嘘みたいに身体が軽いよ!」
「これなら、いける……」
「んー! ふっかーつ!」
「ふぅ、ぬかったガル」
「よし、みんなも大丈夫だね!」
 お兄ちゃんがみんなを見回すと、みんなそれぞれに頷いた。お兄ちゃんはうなずき返して、ショウ・ロンポー司令官に迫った。
「司令、再出撃の許可を!」



「みんな、本当に大丈夫かな……。あんなに辛そうだったのに」
 快癒したと判断してよかったのか、不安が残る。スクリーンを見ながらまた倒れはしないかとはらはらする。
「ああ、あの毒は一時的に麻痺させるだけみたいな軽いやつだし〜全然平気、平気!」
「は!?」
 しかし司令官は相変わらずの軽い口調で言った。
「知ってるんですか、どんな毒か!?」
「あれ〜、言わなかったっけ?」
「言ってない!」
「あ、あー……あっ! ほら、スティンガーくん、一緒に戦ってくれてるよ〜」
 きっと睨みあげると、ショウ司令官は目を泳がせ、明らかに話題を反らした。私はスクリーンに注目する。司令官を問いただすよりも、みんなの戦いを見届けるのが先だ。
 司令官の言うことが正しければ、スティンガーは、あの毒でみんなを殺すこともできたのに、そうしなかったことになる。
 どうして?
 いったい、何を考えているの?
 キュウレンジャーは世界の救世主だ。
 その力をジャークマターのために使うなんて、許せない。
 シシレッドの隣に立つサソリオレンジを見て、眉を顰めた。


 項垂れて座っている背中に、そっと近寄る。横に立ってみて、様子を伺いながら、そっとその隣に座った。
「チャンプ?」
「なんだ、名前」
 重々しく息を吐きながらも、チャンプは答えてくれた。
「アントン博士のこと、聞いてもいい?」
「ああ」
 チャンプは窓の外に広がる宇宙へ目を向け、話し始めた。
「我が輩を作った人だ。我が輩に、救世主としての力を、そして何より心を、教えてくれた。我が輩は博士と一緒に強くなった。だが……あいつに……!」
 昂ぶった感情を抑えきれず、拳でテーブルを殴る。そのまましばらく荒く息を吐いて、なんとか平常心を取り戻そうとした。ラッキーは、スティンガーが本当に犯人なのか疑ってる。でも、チャンプはその目で現場を見てる。ロボットの目は誤魔化せない。
 私は、ラッキーの言うように、キュータマを、キュウレンジャーを、信じたい。
 救世主に選ばれたみんなは、チャンプも、ハミィも、お兄ちゃんも、ナーガも、バランスも、そしてラッキーも。
 本当に、救世主に足る人だと思うから。
 キュータマが極悪人を選ぶはずがないって、信じたい。
 だって私は、キュウレンジャーが世界を救うって、信じてるから。
「……すまん、名前。今は一人にしてくれ」
「……うん。チャンプ。でも」
 私が言う前に、チャンプは笑ってみせた。
「大丈夫だ。もう勝手な真似はしない。……心配かけて、すまないな」
「ううん! そんなことないよ。一人で悩まないで、チャンプ。私もいるんだから」
「ああ。ありがとな」
 チャンプはわしわしと私の頭を撫でてくれた。
 スティンガーに初めて会った時より、ずっといつものチャンプらしく、戻ってる。きっともう、大丈夫。



「名前〜お使いお願い!」
 ショウ司令官に渡されたのは手のひらに乗るくらいの箱だった。
「スティンガーに渡しといて〜」
「えっ」
「よろしこ!」
 ウインクをして背を向けた司令に、私は何も言えず立ち尽くす。
 スティンガーは今、オリオン号に戻っていた。
 彼は敵じゃなかった。
 スパイとして、ジャークマターに潜入捜査をしていたんだ。
 だから、みんなに毒を注入したり、地球の子供たちを人質に取ったのは任務だったから、ということはわかったんだけど……。
 でも、そんなにすぐに割り切れない。
 チャンプとのことは、まだはっきりしていない。
 スティンガーは否定しなかった。博士を手に掛けたこと。
 ラッキーは絶対違うって言ってた。ラッキーは誰よりも信じてるんだ。キュウレンジャーの伝説を。
 私も、信じたいけど……。
 よし、やっぱり、直接聞くしかない!
「オッキュー!」
 びしっと敬礼をして、司令官に背を向ける。 
 スティンガーはプライベートルームにいた。ドアをノックする。
「誰だ」
「名前です」
「何の用だ」
 スティンガーは簡単にはドアを開けようとしなかった。少しむっとしながら、告げる。
「司令官があなたに渡せって、これを」
 しばらくして、ドアが開かれた。スティンガーは私の手元の箱を見る。私はすぐには渡さず、スティンガーの顔を見た。
「……あの。ちょっとお話、いいですか」
 スティンガーは私の顔を見返したあと、一歩後ろに下がった。入れってことだ。私は箱を手に持ったまま、中に入る。
「あの」
「立ち話もなんだ。そこに座れ」
 口を開く前に椅子を示された。私が座ると、スティンガーは部屋に設置されたポットからお茶を入れて、私の前に置いた。
「砂糖はいるか?」
「いりません」
 なんだか子供扱いされた気がして、語気を強めに断る。
「そう睨むな」
 スティンガーは笑みのようなものを浮かべてみせた。その余裕のある態度がなんだか鼻につく。スティンガーは咳払いをして笑みを消し、窓際に歩きながら、口を開いた。
「立場上話せなかったとはいえ、お前の仲間を傷つけたのは事実だ。すまない」
 まっすぐに目を見て謝られて、私は気まずく目を逸らす。
「それは……怒ってません。司令官の指示だったんだし……。それより、チャンプのことです」
 スティンガーはすぐには答えなかった。
「……あなたじゃ、ないんですよね?」
 そう信じたい、という気持ちで問いかける。
 スティンガーは窓の向こうに顔を向けてしまって、表情が見えなかった。服の裾から、蠍の尻尾が覗いてる。あれを刺して、毒を注入すれば、きっと人を殺せるんだ。
「ラッキーはあなたじゃないって信じてる。私も同じ意見。だってあなたはキュータマに選ばれた救世主だから。でも、私はあなたのことを知らない。過去のことも……」
 ラッキーほど、まっすぐに信じることは難しい。
「……俺は、キュウレンジャーだ。俺は、俺が信じることをやる。それが俺の正義だ」
 彼が答えてくれたのは、ここまでだった。
「……わかった。じゃあ、私はあなたの正義を信じる」
 味方を欺いても敵の懐に忍び込み、子供たちを救った、スティンガーを。
「せっかく淹れたんだ。冷める前に、飲め」
 スティンガーが淹れてくれたお茶は、美味しかった。
 私は司令から預かった箱を机の上に残し、部屋を出た。
 チャンプ。早く真実が明るみになって、本当に倒すべき相手がわかればいいのに。そのときは、私もラッキーと一緒に、チャンプを助けたい。

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