▼ 14.You must have been dreaming.

「おっはよー! 永夢!」
「おはようございます……ふあ」
 音ゲーの筐体の画面から勢い良く飛び出てくるポッピーにはもう慣れたもので、僕は欠伸を噛み殺しながら挨拶を返す。
「あれれ、寝不足? 目の下くまができてるー!」
 あろうことか指を伸ばしてつつこうとしてくるので、手で庇って逃げ、テーブルに座って資料を開いた。
「ん? 何見てるの?」
 ポッピーはぴったりくっついてきて、僕の肩越しに手元を覗き込んできた。
「ゲーマドライバーの資料です」
「幻夢の社長が置いてってくれたやつだね〜。あれ? でも、説明書は読まないタイプじゃないの?」
「仕様書は必要に応じて読みますよ」
 少し静かにしてくれないかと思いつつ、目次を確認して、目的のページを開く。あった。そのページにざっと目を通して、少し落胆した。
「……やっぱり、ないな」
「何が?」
 ポッピーは横にしゃがんで、ちょんとテーブルの端に手を起き、顔を出す。
「赤と青のゲージ。見た覚えないもんなぁ……」
「ゲージ?」
「夢の話ですよ」
 頭の上にさらにクエスチョンマークを並べるポッピーを横目に、ぱらぱらとページを捲り、見るともなしに丁寧にまとめられた表を眺める。
「今朝、夢を見たんですよね。ここCRに、幻夢の女性社員さんが派遣されるっていう」
「えっ? そんな話、ポッピー聞いてない!」
「だから、夢だって言ってるじゃないですか」
 ばっと立ち上がったポッピーを宥める。
「でも、妙にリアルだったから。助手の……なんて名前だったかなぁ。システムの最適化をしてくれたんですよね。実際にああいう人がいてくれたらいいのになぁ。実際は社長が自動アップデートしてるから、僕は関与できないし……」
 夢の中だからかもしれないが、いつも以上に、変身したあとの動作がスムーズだった。自分で調整できるなら、もっとよくできるのに。現実はそうはいかない。
 そのとき、ドアが開いて飛彩さんと院長が入ってきた。
「あれ、飛彩! 早いね」
「なんだ、まだ来ていないのか」
「誰か来るんですか?」
 部屋の中を一瞥して眉根を寄せた飛彩さんに、僕はポッピーを見る。ポッピーも知らないようで、首を傾げた。飛彩さんはそんなポッピーを訝しそうに見やりながら確認する。
「幻夢から社員が派遣されてくるんだろう」
「へ? 社長からは何も言われてないけど……」
「飛彩さん、もしかしてそれって……」
「なんだ、研修医、はっきり言え」
 僕は控えめに答えた。
「女性社員さんが派遣されて、レベル1のメンテナンスをしてくれる……って話だったりしますか?」
「なんだ、知っているんじゃないか」
 これ、夢の話だったんだけどなぁ。
 項垂れる僕に飛彩さんはぎょっとする。
 飛彩さんも同じ夢を見たんだ。……と考えるよりは、本当にそういう話があって、どこかで聞いたから夢で見た、と考えたほうがまだありえそうだった。
「なんにせよ、この男所帯に花一輪! 嬉しい話じゃあないか! あの幻夢の社長も、気が利くねぇ」
「ポッピーがいるでしょ!?」
 院長は愉しそうだった。
 やっぱり、女性社員の話は夢じゃないのかな?
 そうなると、情報だけ聞いてどんな人が来るのか妄想を膨らませて夢にまで見ちゃった僕って、一体……。
「どんなお嬢さんがくるんだろうねぇ。ふふふ。さあさあ、ポッピー、彼女が来る前に、部屋を綺麗にしておくように!」
「ちょっと! ポッピーは雑用係じゃないから!」
 明日那さん姿のときは押し負ける院長だけど、今は浮かれていて、怒るポッピーに取り合う様子がまるでなかった。
「ポッピーピポパポ、その人が来たら教えてくれ。では仕事に戻る」
 飛彩さんは彼女がいないなら用がないとばかりにさっさと院内に戻っていってしまった。院長も慌ててその後を追いかけていった。
「はいはーい。って、もう聞いてないか……。ん、電話だ」
 ポッピーの携帯が鳴って、思わず耳を傾ける。
「あ、社長! え? はーい、わかった。永夢に伝えておくねっ」
 通話はすぐに終わった。
「社長、なんて?」
「別に、大したことじゃないよ。しばらくは仕事が忙しくてこっちに来れないから、ライダーたちのことは頼むよポッピーって」
 微妙に顔マネしながら答えたポッピーに、僕はがっかりしたのを隠せなかった。
「なぁに? 永夢まで楽しみにしてるの〜?」
「な、何が?」
 ポッピーが目を眇めて顔を覗き込んで来るので、動揺する。
「社長、新しい人が来るなんてこと、一言も言ってなかったからね」
「わ、わかってるよ……」
 夢で見た顔は、はっきりとは覚えていない。
 でも、一緒にいて、すごくよかったって記憶だけが余韻を残して、まだ心の奥を暖めてる。
 まるで本当に起こったことなんじゃないかって、今でも少し疑ってる。



 携帯を胸ポケットにしまうと、檀黎斗は椅子から立ち上がった。机の上には空のケースが置かれている。
「そのガシャット、俺が探しに行こうか?」
 部屋の奥、卓球台の奥に立っていた男――パラドが黎斗を呼び止める。黎斗は脚を止めたが、パラドを振り返りはしなかった。
「いいや。私が行く。私のゲームを勝手に持ち出した輩には、私が直接取り戻しに行かなくては」
 その口元が歪むのを、パラドは確かに見た。

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