▼ 13.I came into this world to meet her

「失礼します」
 前に突き出されたスナイプの腕をかいくぐり、手をドライバーへと伸ばす。
「何をする気だ」
「フリーズしている原因を調べます。そのためにはデバックモードに入らないといけないので、レベル1になってください」
「勝手に触んじゃねえ」
 警戒心からか、怒気を含んで拒否するスナイプを、私はじっと見る。
「……これでも、やり方はちゃんと黎斗さんに習いました。仕事をするって、約束しました」
 ゲームの中、なんて、冗談みたいだけど。
 実際に、こうやって向かい合って、言葉を交わす相手の感触はリアルそのものだ。
 だからちゃんと会話をして、納得してもらいたい。
 私の存在を。
「だから、スナイプのメンテナンスもします。どうか私に任せてください」
 沈黙してしまうと、スナイプが何を考えているのかまったく掴めない。
「……ちっ」
 長い黙考の後、スナイプは舌打ちをした。
「早く済ませろ」
「……はい!」
 許可してもらえた。私は急いでドライバーを操作し、レベル1に戻す。レベル1になっても、スナイプの右手を突っ張った格好は変わらなかった。
「デバック中は手を握っててもいいですか?」
「はぁ? ふざけてんのか?」
「ちっ、違います! 説明不足でした。ここのスイッチを押してないといけないんです!」
「なんでもいいから早くしろ」
「デバック中動けなくなりますけど……あ、すでに動けないんでしたね。では、初めます」
 聞いてくれているかいまいちわからないけれど、一通り説明をして、操作を開始した。パネルを展開してエラー文を読む。マニュアルが手元にないのが辛いところだったが、幸いブレイブの状態に似ている。
「これがダメそう……ええっと、どうするんだったかな……」
「おい、適当な仕事したらどうなるかわかってんだろうな」
「待ってください、今思い出してますから!」
 スナイプの無言の睨みをなんとか意識しないようにしながら、問題を修正していく。
「よし……これで、あとは再適用すれば」
「終わったか?」
「もう少しです」
 祈るような思いでパネルの数値を見守る。あと60%。43%、18%。
「……完了です! やった……!」
 無事に再適用が終わり、ほっと息を吐いた。
「待てよ、動けねえぞ」
「ご、ごめんなさい! 今復旧しますね」
 デバックモードを解除しなければスナイプは動けないままだった。私は慌ててドライバーのレバーを引く。変身が解除されると共に、スナイプ――花家大我はバランスを崩して、前方に倒れた。
「わ!?」
 長身の成人男性を私が支えられるはずもなく、押し潰されるように、為す術もなく後ろへ倒される。
「顔! 近っ」
「つっ……」
 ぎゅっと眉をしかめた苦い顔をした美形が目と鼻の先に接近して鳥肌が立った。床に手を着いて体重を支えたとき零れた吐息が頬に掛かってぞわりとする。思わず逃げようとしたが、腰をがっしり掴まれてしまった。お陰で後ろに倒れずには済んだけれど。
 近すぎて息ができない。
「……あー、肩凝った」
 そのとき、爆音が轟いた。ビルの下の方からだ。
「名前ー!」
 爆音に混じって、私の名前を叫ぶ永夢の声が耳に入った。
「エグゼイド!?」
 ビルの屋上へ飛び上がって来たのは、一台のバイクにまたがったエグゼイドだった。それどころか、その後ろにはブレイブも乗っている。
「えっ、ここ結構高いのに……!?」
「無免許医!」
 バイクから飛び降りたブレイブが、その勢いのままこっちへ飛んで来るものだから悲鳴を上げた。ぐいっと身体ごと持ち上げられて、ブレイブの着地点を辛くも避ける。
「助手を離せ!」
「ふん。俺に命令すんな」
「私も離してほしいんですけど……!」
 振り回されたせいと、近すぎるせいで息が上がって苦しい。
「名前、遅くなって悪い!」
 エグゼイドはそう言って、レーザーが、と言い足す。
「バグスター倒してから、名前が攫われたって教えたんだぜ!? そういうことはもっと早く言えよな!」
「いいじゃないの、名人。こうして無事再開できたんだから。助けに来たよ〜名前ちゃん!」
「えっ、その声……まさかレーザーなんですか?!」
 お調子者のような喋り方の声は、まさかのエグゼイドがまたがるバイクから発せられていた。
「そうそう、自分自分。名前ちゃんのためにぶっ飛ばして来たんだぜ。ビルの5階だってひとっ飛びよ」
 男二人は重量オーバーだけど、と軽口を付け足すレーザーを、ブレイブが睨む。
「名前、何もされてないか!?」
 エグゼイドに訊ねられて、私は正直に答えた。
「スカート捲くられそうになったけど大丈夫! 未遂!」
「無免許医、貴様!」
 ブレイブが側にいる私お構いなしに花家さんに斬りかかる。花家さんはさすがに私を抱えてだと辛かったのか、剣を避けて膝を着いた。
「名前を離せ!」
「人質を手放すやつがあるかよ」
「えっ、私人質だったんですか?!」
「黙って捕まってろ」
「こっ、困ります!」
 私がいるせいで、エグゼイドたちは手を拱いている。
「ガシャットは持ってないって言ったじゃないですか!」
「用があるのはお前じゃなくてガシャットだ。ったんだが……。案外、便利じゃねえか。ちゃんと直せると思わなかったぜ」
 鼻で笑われたけど、一応認めてもらえたらしい。
「これからもメンテさせてやるよ」
「そうしなきゃ、またフリーズしますからね……!」
 なんとか花家さんの腕から抜け出そうともがくけれど、がっしりとした鍛えられた腕は私が叩いたくらいじゃびくともしない。
「俺のところへ来い、名前」
「へっ?」
「おい、お前ら。せっかく来たとこ悪いが、こいつはもらうぜ」
 花家さんが言った予想外の言葉に、エグゼイドの声がかぶさる。
「誰がやるか! 名前は俺が連れて帰る!」
「無免許医、お前の勝手にはさせない」
「いーや、名前ちゃんは自分と来てもらうぜ。まだデートの途中だもんな」

「名前!」
「助手」
「名前ちゃん」
「黄色ストライプ」

 それぞれに手を伸ばされ、私は混乱する。
 なんだこの展開!
 って最後のはもしや。
 私はばっとスカートを抑えてすぐ後ろにいる男を睨みつけた。
「見ましたね!?」
「色気のねえやつだったぜ。俺がいいやつ買ってやる」
「セクハラだ!」
 くそう、と涙目になりながら空を仰ぐと、あの看板――選択肢が私の前に現れた。
 このタイミングで、一体何を選べというの!

『二つの顔を持つ青年――研修医 宝生永夢』
『孤高のヒーロー――天才外科医 鏡飛彩』
『嘘で隠した真実――監察医 九条貴利矢』
『影を背負う一匹狼――闇医者 花家大我』

『さあ、君の運命は誰?』

 コキュクスの声が響く。乙女ゲームで選ぶ相手、ってつまり。
 恋をしたい相手、ってこと。

 永夢くんは普段はちょっとドジで、でも一生懸命で優しい子だ。
 ゲームモードに入ると一転して頼もしくなる。どっちが本当の彼なんだろう。気になる。
 鏡さんはそっけないけれど、それだけプロフェッショナルで、誇りを持って仕事をしているということ。
 医者としても、ライダーとしても一流の彼が、ヒーローになる理由ってなんだろう。知りたい。
 ひょうひょうとしてる九条さん。ちょっとチャラいけど、本当は周りのことよく見てるのかも。
 ふと見せた真剣な表情を、普段は見せないのはどうしてだろう。興味がある。
 廃病院に一人で住んでる、訳ありな雰囲気の花家さん。
 無免許医と呼ばれるのはなぜだろう。距離を置こうとしているなら、踏み込みたい。

 ――この四人の中から誰か一人を選ぶ?
 私が?

 無理だ、としか思えなかった。
 だって、いくらかっこいいからって、まだ会ったばかりの相手に、そんな感情持てないよ。画面の向こうの相手ならまだしも、こんな、まるっきり現実なのに。
「でも、そうしないとクリアできない……」
 考えるんだ。ゲームをクリアして、元の世界に戻る方法を。そう、乙女ゲームのエンディングは一つじゃない。
「だったら……!」
 私は腕を伸ばし、目の前の選択肢を横払い除けた。
 さっと4つの看板が消えた。
 そして、五番目の選択肢が出現する。
「全員の好感度を上げて、大団円エンドを目指す!」
 私は迷わず、その選択肢に触れた。

『誰の手も取らない。私は黎斗さんの助手』

 視界が暗転する瞬間、コキュクスの声が響いた。
『いいよ。それが君の選択なら。でも、覚えておいて。君が救える人間は――一人だけだ』



 私はビルの真ん中に立っていた。
 皆、いつの間にか変身を解いている。
 花家さん、永夢くん、九条さん、鏡さん。
 呆気に取られた表情で私を見ている視線を振り切るように踵を返す。ドアノブに手を掛けたとき、鍵が掛かっていたことを思い出した。降りられない。
 誰かの手を借りなくちゃ私一人じゃ何もできないのか、と絶望しかけたとき、キラキラした効果音と共に可愛らしい声が振ってきた。
「名前〜!」
 どこから現れたのか、ビルの屋上にぽっと降り立ったポッピーは私を見つけるや顔をくしゃくしゃにして抱きついてきた。
「ごめんねー! 怖かったよね!」
「ポッピー!」
 天の助け! 私はポッピーとしっかり抱擁を交わしたあと、ポッピーに建物の内側からドアの鍵を開けてもらい、無事脱出に成功した。
 私は中に入る前に、皆を振り返る。

「ほら、帰りますよ!」

 四人は釈然としない風に顔を見合わせる。
 ポッピーが早く、と促すと、まず永夢くんが苦笑しながら駆け寄ってきて、その肩を九条さんが追いかけて飛びつくように掴み、鏡さんは花家さんを睨むのを止め、ポケットに手を突っ込んで歩き出し、最後に花家さんが首を抑えながら屋上を離れた。




 一人、デスクトップに向かいキーを叩いていた檀黎斗は、長い指をふと止める。打鍵の音がしなくなると、がらんとした部屋にはファンの唸る音がするのみになった。
 どこかから送られてきたデータが、画面上に表示された。データの送信はまだ止まらない。
「……この、ガシャットは……」
 送信元に表示されているゲームの名前を見て、檀黎斗は眉根を寄せる。
 そして、開発中のゲームのプログラミングを中断すると、送られてきたデータの解析を開始した。



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