▼ 12.Red light, green light
「あいたっ!」
ようやく下ろされたのは、とあるビルの屋上だった。こんなところに放り出されてしまっては逃げようがない。それでも後ずさって出来る限り距離を開けた。
「落ちるぞ」
「何するんですか! あなた……」
ビルの縁ギリギリにへたり込む私を、彼は見下ろす。
右目を隠す前髪のようなパーツ、銃を使う仮面ライダー。最後の一人。
「仮面ライダースナイプ、ですよね……!?」
仮面ライダーはバグスターユニオンを患者から分離させて、バグスターを倒し、患者を救う。そのための医療器具であり、医者である。
黎斗さんは私にそう説明してくれた。
けれど、スナイプはさっき、バグスターユニオンそっちのけで、レーザーや私に向かって攻撃してきた。
「お前、ガシャット持ってるんだろ」
スナイプは私の言葉を無視して手を伸ばしてくる。
「そいつを俺に寄越せ。それはお前なんかに扱えるような代物じゃない」
「それ、レーザーにも言ってましたよね?! ガシャットなんか集めてどうする気ですか!?」
「何って、ゲームだよ」
ライダーに変身しているとき、マスクの下の表情はわからない。けれど、今のスナイプがどんな顔をしているのかは、嫌でもわかった。
にやり、と笑っている。
「誰が10個のガシャットを集めて、バグスターを全滅させるかってゲームさ。わかったらとっとと出しな」
「そんなの……聞いてません! 黎斗さんは……っ!」
スナイプの手が伸びてきて、私の襟を掴んだ。もうこれ以上後ろには下がれない。
「社長に聞いたぜ。お前もガシャットを持ってるってな」
「黎斗さんが……?」
そんなわけない。黎斗さんは私がガシャットを持っていないことを知ってるはずだ。
黎斗さんが、電脳救命センターについて説明をしてくれたあの日。まず最初に、確認された。
「ドキドキろまんてぃっくのガシャットは持っているかい?」
「えっと……」
ポケットを探してみたけれど、入っていなかった。初めの部屋に置いてきてしまったかとポッピーが探しにいってくれたけれど、見当たらないという。
「持ってないみたいです」
「今は持っていないんだね」
黎斗さんは含みのある言い方をした。
「だが、君がこのゲームを起動したことに違いないよ。こうして私のパソコンにデータが届いているからね」
そうして見せてくれたのは四人のライダーたちのデータだった。
「このデータの送信元はドキろまガシャットだ。このゲームを起動できた君でなければ、このゲームの操作はできない」
「そうなんですか?」
つまり、ドキろまガシャットのスイッチを入れてしまった瞬間から、私は黎斗さんの助手になってしまったわけだった。
望むと、望むまいとに関わらず。
「コキュクスはそんなこと教えてくれなかったな……」
彼がいわゆるナビゲーターなら、もう少し親切にしてくれてもいいのに。
「コキュクス?」
しかし、黎斗さんはその名前に聞き覚えがないようだった。
「あの、ドキろまガシャットのキャラ……じゃないんですか?」
ポッピーピポパポが音ゲーであるドレミファビートのキャラだというなら、コキュクスも同じくゲームのキャラクターなのだろうと推察したが、外れらしい。
じゃあ、彼は誰なんだろう?
「ガシャットについては気にしないでいい。私の方でも行方を探してみよう。君はこれから指示する仕事に専念してくれ」
「はっ、はいっ!」
と、いうような流れで助手の仕事を教えてもらい、エグゼイド初めライダーたちのメンテナンスをすることになったわけだ。
「ガシャット、持ってないです」
「隠しててもいいことないぜ」
「ないものはないです! ひゃ!?」
いきなりスカートを捲くられそうになって手で抑える。
「何するんですか!?」
「隠し場所、いくらでもありそうな格好してるじゃねえか。自ら差し出さねえなら、一枚一枚剥ぐ」
「剥がないで!」
無茶苦茶だこの人! せめてじゃんけん勝負して負けたら一枚脱がすとか手順というものが……いやそれもない!
「やめてー! 変態! すけべ! 泥棒! 警察呼びますよ!」
「へっ、叫んだって、ちょ、意味ない、おい、誰も聞いてねえしお前スマホ持ってねえだろ……って暴れんな!」
無我夢中で逃げようとしたら、がく、と後ろにひっくり返りそうになり、ぐい、と引き戻された。後ろ見てなかったけど、もしかして今、落下しかけた?
「馬鹿か。もうちょっと気をつけて暴れろ!」
「むっ、無理でしょ!? 脱がされるか落ちるかだったら落ちっ……いや、どっちもやだ!」
「落ちる方選ぶとか言いかけるんじゃねえ、怖えな」
「追い詰めたのあなたでしょ!?」
「ったく、調子狂う……!」
「ペースに乗せられてたまるもんですか!」
「かわいくねえ!」
「変態に可愛く思われたくありません!」
「この、減らず口が! いいからガシャット寄越せ!」
「持ってないものは渡せませんー!」
売り言葉に買い言葉、なんとかスナイプの腕をかいくぐり、ビルの縁から内側へじりじりと移動する。あんな端っこにいたら本当に落ちそうで怖すぎる。
「四の五の言わず渡せ! そいつはなぁ、お前なんかが……!」
掴まれていたのを振りほどいて、ビルのドアまで全力で走る。ドアに組み付いたけれど、いくらノブを回しても開かない。
「鍵掛かってる! うそ!」
どうしよう、と振り返ると、スナイプはまだ屋上の中ほどに突っ立っていた。こっちに手を伸ばして、いくら見ていてもそれ以上動かない。
「こんなときにだるまさんが転んだですか?」
「んなことしてるように見えるか!?」
「見えますけど……」
え、まさか遊ばれてるの、私。
そう思ってじっくりスナイプを観察する。スナイプはピクリとも動かない。
「……スナイプさん?」
「じろじろ見るな!」
声は焦っているけれど、伸ばした手を下ろそうとも、歩き出そうとした片足を進めようともしない。
なんというか、石化してしまったとでもいうような。こうして止まっているのは、彼の意志ではなさそうな雰囲気。恐る恐る近づいても、動かない。すぐ隣まで行っても動かない。
「えい」
肩をつついても、動かなかった。
「くそ、遊ぶな!」
どうやら真剣らしかった。
どうなってるんだろう。とスナイプの全身を検分する。ふと、ドライバーに目が止まった。
「……もしかして」
スナイプに話しかけようとしたとき、スナイプが視界から消えた。
代わりに、見覚えのある看板が二枚、視界を塞いだ。
――これだ。
さっき、九条さんと一緒にいっときも表示されたもの。
ドキドキろまんてぃっくガシャットは乙女ゲーム。
ガシャットは手元にないけれど、起動はしている。ということは……ここは、ドキろまの中、なんじゃないか。
もしもそうだとすれば、私が今直面しているのはストーリーの分岐点。
どちらの選択を選ぶかで、攻略対象の好感度が変わって、ストーリーが変化する……。
そういう、ことなんじゃないか。
私は看板を見上げる。
「『メンテナンスをすれば直るかも』と、『今が逃げる最大のチャンスかも』……。どちらかを選べば、いいってこと?」
九条さんのときは、でたらめに振り回した腕が勝手に上の選択肢を選んでしまったのだと思う。そうしたら、九条さんとの会話が進んだ。
だから、今回も、どちらかを選べばスナイプとのストーリーが進む。
そうとしか考えられない。
私は腕を組み、選択肢を見比べる。
「……普通、こっちだよね……」
腕を伸ばしかけた、その時。
『――慎重に選んで。君の進む道の先に、未来は続く』
「その声、コキュクス!?」
どこからともなく少年の声が響いてきた。急いで首を巡らせたけれど、どこにも人の姿はない。看板以外、ここには何もない。
正しい選択肢を選んで、好感度を上げて、ストーリーを進める。
そうしてエンディングを迎えたら、ゲームクリア。
そうすれば、帰れる……!
私は唾を飲み込んで、回答を選択した。