▼ 第四十九話 昏睡

 幸い、すでに巨大サソリの姿は影も形もなくなっていた。一群はすでに移動してしまったのだろう。
「なんとかして地上に戻らなきゃ。あのサソリが地上に出てたら大変だわ」
 アスナは車へ戻る。ガソリンが漏れてはいなかった。前のタイヤが一つパンクして天井が少しひしゃげて、前右側のライトが割れている以外は、大丈夫そうだ。アスナの点検結果を聞いて、大地は車の周囲に目を向けた。
「あとは瓦礫をどけられれば……」
 地割れをした際、車と一緒に落下してきた土砂や木の枝が車の周囲を阻んでいた。タイヤが埋まるほどの量ではない。大地は手近にあった大きめの木の枝を拾うと、それで土を掻き出し始めた。名前は車に戻り、エンジンが掛かるか試す。キーを差し、何回か回してみるが反応はない。アスナは車両の後ろに積んである武器を確かめ、万一のとき巨大サソリに立ち向かう準備をする。ウルトラブースターを装着したジオブラスター片手に外へ出ようとしたとき、あの足音が洞穴の奥から響いてきた。しかも早い。アスナはドアを開けて大地を呼び戻そうとしたが、遅かった。
 地響きが洞窟全体を揺らし、天井の岩盤が崩れた。大きな岩の塊が、名前たちの頭上に落下してくる。
「エックス!」
 大地は考える暇もなく、彼を呼んだ。
 アスナは光が岩を砕くのを見た。
 岩が粉々に砕け散り、小さくなって辺りに散らばった。最悪の事態――岩盤に三人もろとも潰されることは避けられた。しかし、サソリの足音はさらに近づいている。
「大地! どこにいるの!?」
 アスナは瓦礫の中に大地の姿がないことに気づく。名前も車から身を乗り出した。
 岩が転がっている中に大地の姿がないか目を凝らしたとき、その向こうの洞窟の奥から無数の赤い光が向かってきているのがはっきりと見えた。怪獣たちは止まらない。しかし、さらにその奥から、もっと神々しい、清々しい一条の光が流星のごとく現れ、名前たちの手前でまばゆく輝いた。
 名前が光から目をかばうため掲げた手をそっと下ろすと、光が収まったところには、黒いウルトラマンがいた。
「ビクトリー!?」
 アスナがそのウルトラマンの名を叫ぶ。
 彼は名前たちを振り返り頷いて見せると、一声気合を入れるように叫んでサソリたちの方へ走っていった。
 ウルトラマンとはいえ、その大きさは小さめだ。天井にぶつからない程度、10メートルくらいだろうか。名前はふと、瓦礫の中からした呻き声を聞きとがめ、車を飛び降りた。
「大地!」
 大地は瓦礫の間に倒れていたが、岩がぶつかった様子はない。大地の髪や背中についた土を払ってやる。
「大地? 怪我はない?」
「名前さん……俺、できたよ……」
 気を失っていたわけではないようで、名前が声を掛けるとふらふらと起き上がった。その消耗の仕方は、瓦礫が落ちてきたショックではなさそうだ。
 あの光が岩盤を貫いたのは、ビクトリーが現れる前だった。
 アスナはビクトリーの横で、援護射撃をする。サソリたちは二人に押されて、それ以上前に出てこられなくなった。
「ねえ、ビクトリー!」
 アスナは隙を見て話しかける。
「もうこいつらが地上にいっちゃったの! Xioが対処に動き出しているとは思うんだけど……!」
「何!? ちっ……、まずはここの奴らを倒す!」
 ビクトリーが光線を放つと、サソリたちがなぎ倒されていく。洞窟に怪獣たちの断末魔が木霊する。
 名前は大地を車の中に連れていき、容態を確かめた。
 大地は名前の手を握って静止する。
「名前」
「……っ、エックス、なの?」
 見つめてくる視線は大地のそれとはまったく違うものだった。
 大地ではないその人は、頷く。
「彼のようにサイズを変えてユナイトできないか試してみたが、無理だった。岩盤から君たちを守るためとはいえ、また、大地に無理をさせてしまった……」
「エックス、いいの。今は体力を温存して」
「まだ大地の意識が目覚めない」
 深刻さを帯びた声音に、名前ははっと息を呑み、口を押さえる。
「……でも、さっきは」
「この状況では、呼び戻しにもいけない」
「すぐに地上に戻りましょう」
 名前は口を引き結ぶとエックスを車内に残し、アスナの元へ走った。
「彼がウルトラマンビクトリーなのね。かつてウルトラマンギンガとともに現れた、異世界のウルトラマン……」
「そうよ! もう少しだから……!」
 アスナは残弾を使い切る。名前は替えの弾をアスナに渡す。ビクトリーはサソリの群れに突っ込んでいき、拳で叩き潰していった。
 途切れると思えなかった群れの最後の一匹をアスナが仕留め、洞窟内は再び静寂に包まれた。
「ウルトラマンビクトリー! お願い、急患がいるの。この車ごと地上に運んでもらえないかしら」
「大地が!?」
 アスナが息を呑んだ。ビクトリーは頷いた。
「あいつらを一匹残らず潰してやらなきゃな。さあ、乗れ!」
 名前とアスナが乗り込むと、ビクトリーはそっと車両を抱え、洞窟を一筋の光となって一息に飛び出した。


 上空をスカイマスケッティが横切っていった。地上は地割れと、突如現れたサソリ型怪獣に荒らされ、ひどい有様だった。
 アスナは硬く目を瞑り、脂汗を流している大地の額の汗を拭ってやる。外傷はなかったが、ひどく苦しそうだった。
「ねえ、大地はどうしちゃったの?」
「異次元の空気を私達よりも多く吸い込んでしまったせいかもしれないわ」
 名前は真実は告げず、誤魔化す。今、大地の意識はここにはない。そこに横たわっているのはエックスだ。
 ビクトリーは地上に出ると、車を地割れから離れた場所に下ろした。そして巨大化すると、散らばったサソリたちを探しに向かった。
「よし、電波が戻った!」
 名前はすぐに隊長に通信を入れる。
「苗字隊員! 無事だったか……!」
「隊長。ご心配をおかけしました」
「アスナと大地もいるわね」
 橘副隊長もほっとして、神木隊長と目を合わせた。隊長はすぐに表情を引き締めると、現状を伝えた。
「君たちとの通信が途絶えてすぐ、大規模な地割れを観測した。部隊を派遣するころには、その割れ目から怪獣が現れた。現在、怪獣が市街地へ向かわないよう、食い止めている」
「ウルトラマンビクトリーが協力してくれます」
 名前が伝えると、隊長は頼もしく頷いてみせる。
「ああ。さきほど彼の存在も確認した。しかし、なぜ彼らは地下から……」
「地下は異次元と繋がっていました。そこから、侵入してきたんです」
「異次元……!」
 副隊長が目を丸くした。名前とアスナは地下で見たことを報告した。
「青いウルトラマンがせき止めてくれることを願おう。名前、車は動くか」
「はい。すぐに本部に戻ります」
「よし。アスナ隊員はワタル隊員、ハヤト隊員と合流し、怪獣迎撃に当たれ」
「了解!」
 通信を切ると、名前はアクセルを踏んだ。
「アスナ、名前! 大地!」
 しかし、すぐに通信が入る。音割れするほど大きな声だ。
「ワタル隊員!」
 アスナは腕をいっぱいに伸ばしてデバイザーを遠ざける。
「生きてるじゃねえか! 地割れに飲み込まれたって聞いて心配してたんだぜ!」
「しー! 声がでかい!」
 アスナは大地の耳を塞いでやりながら、ワタルたちをたしなめる。
「大地、怪我したのか」
 案じるハヤト隊員に、アスナは首を振る。
「異世界の空気が合わなかったみたい。私たちはそこまで吸わずに済んだから大丈夫だけど……」
「急いでラボに連れてきてくれ」
「大ちゃん、すぐ元気にするからね!」
 グルマン博士とルイまで割り込んできた。
「名前さん、準備して待ってるっすよ! 異世界のデータ、がんがん解析してます!」
「頼むわ、マモル」
 そこへランドマスケッティが到着し、アスナはそちらへ乗り換えた。名前は大地を乗せ、ラボへ走る。
「……名前、止めてくれ」
 しかし、大地の口を借りてエックスはそう言った。
「ダメよ。ビクトリーがいるから、あなたは戦わないで」
「そうはいかない」
「大地をそのままにしておけないわ」
 名前は視界を横切ったものに反応して、急ハンドルを切る。サソリだ。名前が止める暇もなく、エックスは車から降りると車によじ登ろうとしたサソリを吹き飛ばし、巨大化した。
 まばゆい光が天を染め、ウルトラマンエックスが大地に立った。
 そのまま、サソリ掃討へ向かってしまうエックスを、名前は苦い表情で見上げる。
「エックス、大地はどうなってしまうの……?」
 彼らが二人共いなくなってしまう。もう二度と味わいたくないと思っていた恐怖に、こんなにも早く直面することになるなんて。
「あんな思いはもう、いやよ……」
 脅威を消し去る光の音が、遠く聞こえた。

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