▼ 09.tune-up


「おはようございます、名前さん」
 CRの医務室。白衣を着た永夢くんが一番乗りで入ってきた。
「あれ、ポッピーはいないんですね?」
「うん、まだ……」
 永夢くんは部屋の隅にある筐体へ近づいていくので、なんとなくその背中を目で追う。
「ポッピー? いないの?」
 ちょっとした仕切りがあるとはいえ、人一人隠れられるスペースはない。そこにポッピーがいればすぐわかるだろう。
 確かに人影はなかった。
 なのに、どこからともなく、あの底抜けに明るい声が応えた。
「はいはーいっ! ポッピーだよ!」
 キラキラとした効果音と共に、ポッピーが現れた。
 現れた、としか言いようがなかった。
 筐体の画面から、あたかもゲームキャラクターが抜け出すように、飛び出してきたのだ。
「ポッピーいたの!? っていうかどこにいたの!? ていうか画面から出てきたよね?!」
「はーい!」
 思わず素っ頓狂な声を上げる。永夢くんが私の混乱を察してくれたらしく、苦笑した。
「初めて見たときは、驚きますよね」
「ポッピーはドレミファビートのキャラクターなんだよ〜名前っ! 覚えてね」
「ゲームのキャラクターが立体に……? でも明日那で……?」
 ゲームの中のゲームキャラクターが実体化して……ってもう、わけわかんないよ。
 仮面ライダーは変身できる。
 ポッピーピポパポはゲームキャラだけど立体になれる。
 そういうルール。
 そう納得しておこう。理屈云々は置いておこう。私ではとても理解できないから。
 考えるの、やめ。
「さてと。永夢、何しに来たの?」
 遠慮なく訊ねるポッピーに、永夢くんは首を掻く。
「何しにって……ひどいなぁ」
「だって、バグスターは出てないし、メンテナンスもしばらくは必要ないよ?」
「そうなんだけど……。名前さんがいるかと思って」
「私?」
 はい、と永夢くんは首肯いた。
「僕、まだライダーになって日が浅いから……。シミュレーションして、微調整しておきたいなと思って」
 この間のメンテナンスで調子がよくなったから、もっとチューンアップしたいということらしい。
「ほお。天才ゲーマーゆえの発想?」
「どうでしょう……」
「まあ、そういうことならいっか。下にシミュレーションマシンがあるから、レッツゴー! 名前、やり方教えるよっ」
 ポッピーがさっさと話を進めて、私の手を掴むと階段を降りていった。



「こんな感じでどうかな?」
 ファイルとにらめっこしながらパラメーターを弄る。案外、すべてのステータスを上げればいいというものではなくて、全体のバランスを取りつつ、伸ばしたいところを決めて、数値を決める必要があった。なかなか繊細な操作を要求された。それは永夢くんの要求がハイレベルだから、ということもあるみたい。
「こっち削って、もう少しこっちにうつしてくれ」
 シミュレーション中のエグゼイドレベル2は、口調も態度も強気になる。でも怖いというより、気さくに感じた。
「よっし、一発やってみっか!」
「じゃあ、敵キャラ出すね」
 ぐるぐると腕を回して軽くジャンプしてみながら、エグゼイドは腕試しに臨んだ。
「まずは三体」
「十体だ!」
「え? 多くない?」
「イケるイケる! 軽いって」
 少し迷ったけれど、言われたとおり十体の敵を出現させた。エグゼイドは軽快なステップを踏みながら、簡単に全滅させてしまった。
「おお、すごい!」
「へっ、こんなもん温いぜ。レベルもっと上げて、二十体にしてくれ!」
「了解」
 今回は素直に設定する。レベルが上がり、動きが複雑になった敵に、エグゼイドはさも楽しそうに向かっていく。
「お疲れ様。絶好調だね」
 シミュレーションを終了して、ヘッドギアを外すと、永夢くんはふにゃりと笑った。
「はい、すごくいい感じでした!」
「敬語じゃなくていいよ。たぶん、同い年くらいだし」
「そうですか? あ」
 永夢くんはちょっと咳払いをすると、改めて口を開いた。
「じゃあ……。そうするよ。ありがとう、名前さん。すごく動きやすくなったよ」
「よかった。永夢くんが的確に指示出してくれたからね。その通りにしただけ」
「名前は社長が選んだ助手なんだからね〜! これくらい当然だよ!」
 ばんばん、とポッピーに肩を叩かれて苦笑するしかない。本当に、どうして黎斗さんは私を選んだんだろう。
 ガシャットを持っていたから?
 でも、偶然見つけただけだし。
「あ、僕、そろそろ戻らないと……」
「大変だね、ライダーも医者も、忙しくて」
「どっちも患者が待ってますから!」
 永夢くんは爽やかな笑顔を残して走っていった。ちょっと転び掛けたから、またー、とポッピーは呆れていたけれど、私は悶ていた。
 なんてかっこいいんだ、永夢くん。
 やっぱり、さすがヒーローやってる人は違う。
 私は、そのお手伝いができてるのかな。選ばれた理由はわからないけれど、少しだけ選ばれたことが嬉しいと思えた。

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