▼ 白い夏
夏の白い日差しと、鳴り止まない蝉しぐれ。
そんな景色を、冷たい空気に触れたときにこそ思い出す。
彼は陽気な人だった。
アロハシャツに、ダメージジーンズ。短い丈から伸びたくるぶしは白いスニーカーが光を反射するせいか妙に印象に残っていた。
ジェラート食べよう、と彼は汗を拭いながら、通りの端に止まっていた販売車を指差す。
私はココナツ、彼はミント。爽やかな舌触りが、熱い太陽に参った身体に染み渡って、生き返るようだった。
「一口」
彼は返事も待たずに私の手元に顔を寄せ、肩に腕を回して私ごとジェラートを引き寄せ、ぱくりと食べる。一口どころじゃないじゃないと怒ると、悪い悪いと軽く言いながら代わりに自分のどーぞ、と差し出して来たのはコーンのさきっぽだけ。
「もうないじゃない!」
「あはは、美味くて一気に食べちまった」
こっちにはちょっと残ってるかも、なんて意地悪に笑う顔を見て、嫌な予感を覚えた。人目もはばからずに、なんて人。二度目のキスはなんとか阻止して、私は彼の腕から抜け出し、彼の手の届かないところへ避難して、安全を確保してから残りを急いで食べた。
「っくしゅん」
「冷えた?」
「急いで食べたから……」
「焦らせちゃった?」
一応悪いとは思っているようで、彼はさっきよりは優しく、肩に腕を回して抱き寄せる。人目もはばからず。
でも、今度ばかりは私もなすがままにした。
彼の体温が、心地よかったから。
「まだ寒い?」
「ちょっとだけ」
そう言いながら、少しだけ甘えて、彼の腰に腕を回す。
楽しい、幸せな思い出。
もう、夏は過ぎてしまった。
寒い、と呟いても、暖めてくれる腕は、隣にはいない。
消えてしまった。
理由も言わずに、いなくなってしまった。
「貴利矢くん……」
記憶の中にだけ残された僅かな温もり。消えそうな火に息を吹き込むように、大切に手のひらで包みながら守り続けているけれど。
もし夏が来ても、私はもう、寒さしか感じられない。